2023.08.05

先輩後輩

新刊紹介 前欧州総局長、服部正法さんが新刊『裏切りの王国 ルポ・英国のナショナリズム』=東京毎友会のHPから

 本当はブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)に関わりたくなかった――というのが、偽らざる本音だった。  ロンドン赴任はうれしかった。その前の勤務地ヨハネスブルクではテロや紛争の取材に傾注し、アフリカ大陸を駆け回った。取材すればするほど、テロ・紛争の内情に迫る機微のインテリジ…

2023.07.28

先輩後輩

伊藤芳明元主筆が毎日書道展秀作賞、7月31日まで東京・六本木で展観中=東京毎友会のHPから

 元主筆伊藤芳明さん(青暁、72歳)が第74回毎日書道展秀作賞を受賞、2023年7月26日からの後期展で東京・六本木の国立新美術館に展示されている(31日まで)。昨年は「佳作」賞だったから、ワンランクアップしたことになる。   人生分已定   富貴豈妄來……  脇に最初の2行だけ…

2023.07.24

先輩後輩

新刊紹介 スラエル特派員などを経験した編集委員、大治朋子さんが『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』を刊行=東京毎友会のHPから

●私たちの日常を動かすナラティブ(物語)のメカニズムに迫る  思えば私たちは生まれてからずっと、物語に囲まれて生きている。幼いころは親や兄弟姉妹の語り、童話から価値観や道徳観を学び、学校では先生や友達が語る物語に、働き始めると組織の上司や同僚の主張に耳を傾ける。まるでBGMのよう…

2023.07.10

先輩後輩

新刊紹介 元編集局メディア担当の橋場義之さんが初の単著『ジャーナリズムのココロとワザ』=東京毎友会のHPから

 2002年4月に55歳で上智大学新聞学科の教授に転身して以来、研究仲間とジャーナリズムに関する本をいくつか共著で出してきましたが、単著は初めて。上智2年目の2013年から休まず書き続けてきた東京新聞の紙面審査報のコラム約150本を一冊にまとめました。  審査報での担当コラム「展…

2023.07.04

先輩後輩

雲仙普賢岳事故・石津勉カメラマンの三十三回忌に同期12人が慰霊=東京毎友会のHPから

 いまから32年前の1991年6月3日、長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流事故で、1983年同期入社の石津勉君ら会社の仲間3人が命を落とした。「三十三回忌に同期で現地に行こう」という声が出て、12人が集まった。そのことを私は本紙の連載コラム「掃苔記」で書いた。社内外から反響があった。仲…

2023.07.03

先輩後輩

新刊紹介 三淵忠彦・初代最高裁長官のエッセー集「世間と人間」(復刻版)を小田原通信部、本橋由紀さんが出版=東京毎友会のHPから

 最高裁判所長官が書いた「世間と人間」というタイトルのエッセー集の存在は子どものころから知っていた。会ったことはないが、著者の三淵忠彦は曽祖父だ。だが、なんとなく難しいような、敷居が高いような気がしていた。初めて読んだのが30歳代だったか、40歳代だったか。ただ、ページをめくると…

2023.07.01

先輩後輩

宮本憲一さんの講演会を7月6日に(藤田 修二)

 藤田修二さん(元社会部)のフェイスブックへの投稿を転載します。          ◇  私が関わっている「ジャーナリズム研究 関西の会」では2023年7月6日に、添付の公開講演会を開きます。(7月6日<水>午後14時から大阪駅前第2ビル6階、大阪市総合生涯学習センター第2研修室…

2023.06.27

先輩後輩

「二つの道」サンティアゴ巡礼路と熊野古道-元大阪本社編集委員、斎藤清明さんが京大学士山岳会誌に投稿=東京毎友会のHPから

 本誌(京大学士山岳会会誌 )100号に、安仁屋政武さんが「サンティアゴ巡礼-フランス・ルート」を執筆している。2019年9月から10月にかけて746㎞を34日間で歩いた記録です(斎藤さんの投稿は秋の106号に掲載予定)。  この、スペイン北西部にあるサンティアゴ・デ・コンポステ…

2023.06.26

先輩後輩

新刊紹介 俳句とコラムの『無償の愛をつぶやくⅣ』(高尾義彦著)を自費出版=東京毎友会のHPから

 78歳の誕生日(2023年6月19日)に合わせて、「無償の愛をつぶやくⅣ」を自費出版することが出来ました。2014年の「Ⅰ」、2017年の「Ⅱ」、2020年の「Ⅲ」に続き、3年に1冊の発行となりました。  この3年間に毎日、ツィッターでつぶやいた俳句はすべて収録、コラムなどの内…

2023.06.25

先輩後輩

新刊紹介 元モスクワ特派員、外信部副部長の真野森作さんが『ルポ プーチンの破滅戦争――ロシアによるウクライナ侵略の記録』刊行=東京毎友会のから

 振り返れば、気が重い出張だった。2022年2月中旬のことだ。カイロ特派員(当時)の私は東京本社からの指示を受け、エジプトから空路でウクライナの首都キーウへ入った。米国政府からは「ロシアの侵攻近し」の警鐘が日々発せられていた。現地では、祖国防衛を誓う多くのキーウ市民に出会った一方…

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