2026.02.19
閑・感・観~寄稿コーナー~
彼女と最初に出会ったのは、奈良市内の何かの政治に関した小集会だったと思う。彼女がアメリカから帰ってきたばかりの時だったかもしれない。終わってエレベーターに彼女が乗り込んだのを見て、私はとっさに箱乗りし、「毎日新聞の記者です。一度お話をお聞きできませんか?」と尋ねた。彼女は、むさくるしい中年男(当時41歳の私のこと)を警戒する様子もなく、笑顔で承諾してくれた。
私は大阪社会部から異動して、奈良支局で県政担当になったばかりだった。1989年の春のことで、7月の参院選を前に何か選挙ものを書かなければならなかった。
そして郊外の喫茶店で、彼女に取材をした。話の中身はまったく覚えていないが、まだ28歳でちょっとキャンディーズの(伊藤)蘭ちゃんに似ているなと思った。その時のことで記憶しているのは、私が神戸から来ているのを知り、「神戸ナンバーの車って憧れなんです。見たい!」と無邪気に語ったことだった。私の車は小型のボロ車で、彼女に見せるようなしろものではない。私は見られないように急いで帰った。
その後、食事を一緒にしたり、例のボロ車で奈良市内の家まで送ったこともあった。彼女は「料理が苦手だから、料理ができるダンナさんがいい」「アメリカにいたとき、日本人特派員らにプロポーズされたこともあった」と話していた。のちに結婚した山本拓元衆院議員は調理師免許を持っていたという。
記事の方は本紙の参院選企画用に1回(その時伊藤蘭ちゃん似と書いた)と、奈良版、その後、翌年正月の奈良版用にもインタビューを写真入りで書いた。
「やまとの熱い夏ー参院選への注文」と題した奈良版記事(1989年7月4日、写真)も私がまとめたと思うが、まったく覚えていない。彼女は冒頭こう語ったようだ。
「参院選に対する第一の注文は、いまの最大課題である政治改革への姿勢とアイデアをみせて欲しいということです。戦後最大のスキャンダルといわれるリクルート事件のおかげで、われわれ国民の関心が高まっている今しか、抜本的な改革のチャンスがないからです。この問題がうやむやに終わるなら、日本は永久に密室政治、金権政治がはびこり、国民の手の届かないところで一部の人々のための政治が行われることになるでしょう」
至極まっとうな意見だ。まっとう過ぎて、記憶に残らなかったかもしれない。
彼女から一冊の本が自宅に送られてきたことがあった。『アズ・ア タックスペイヤーー政治家よ、こちらに顔を向けなさい』(祥伝社ノンブックス)。
アメリカでは有権者がそう(納税者)名乗って政治家の事務所に電話をかけてくるのだと、アメリカでの体験をつづった新書だ。パラパラと見ていて、私の目に止まったのは27、28ページのくだりだった。今読み返すと、ユーモア家庭小説風にも読める。
◇話はそれますが、コンドームと言えば、涙ぐましい姉弟愛がありました。
私の七つ違いの弟は(中略)彼のオムツを私が代えたというほど親密な仲です。その弟が(中略)家を出る前の夜、眠っている私の足元で、スーツケースを開けて、なにやらごそごそしてるのです。
『あんた、何してんの?』
と聞きましたら、弟は深夜、コンビニエンス・ストアへ行き、”うすうす”という名のコンドームを三箱も買い込んで、スーツケースに入れてくれていたのです。
『姉ちゃん、向こうはエイズが流行ってるから、気ィつけなよ。エイズ、うつるなよ』と一生懸命詰めてくれています。なんて優しい弟なんだろうと思いました。
それは結局ワシントンで、私は、彼氏と別れてアメリカへ旅立ったという事情もあり、使いそうもないので、特派員や商社マンの奥さんに分けてあげることになりました。◇
アッケラカンとした彼女らしいエピソードだ。その弟は今、彼女の秘書をつとめているようだ。
私は奈良に1年いて、姫路支局に異動になった。そのころ、奈良支局から姫路支局に電話があり、北尾支局長から電話機を渡されたらしい彼女が出て少し話をした。私は本のお礼を言ったかもしれないが、話の中身は覚えていない。それ以来、彼女とはまったく会っていないし、連絡も取り合っていない。
その後の彼女のことは、一通りの知識はもっていた。衆院議員になり、落選したり政党を替えたりしながらも、着実にキャリアを重ねていた。
そして、その彼女が安倍晋三氏らにかわいがられ、メキメキとのして、大臣になってしまった。「ビッグになりたい」と言っていた通りになったな、と思った。さらに、女性初の宰相になり、今や長期政権を狙う人にまでなってしまった。
いまテレビに映る、ややコワモテ風の彼女が、アイドルに見えた、やさしい声だった当時の彼女と、私にはどうしても結びつかない。戸惑うばかりだ。ひょっとしたら別人かもしれない、夢かもしれない.。今もそう思っている。
(元毎日文化センター出向、山梨 博)
◇係から
高市早苗首相の取材経験など、高市現象に関する寄稿をお待ちします。