2025.12.18
閑・感・観~寄稿コーナー~
ひょんなことから67歳で弓道を習い始めて5年近くになります。けっこうはまっているのですが、まだ弐段で足踏みしています。矢を的に当てる単純な競技とはいえ、奥深い武道であり、かまけ続ける自分を「一生ものの道楽だから」と許しています。
出会いは2021年の年賀状でした。旧友の自筆の書き込みに「還暦前に弓道を始めました。いま参段。おもしろいです」との文字が踊っていました。「ふーん?」が正直な感想でしたが、翌月の毎日新聞家庭面に「弓道の勧め」の記事が。「老若男女、年齢に関係なく手軽に始められ、費用もそうはかからない。近くにあるか調べてみては」という内容だったと記憶しています。
調べてみると、私の住む大津には大津市弓道協会があり、ホームページでは3月に新規研修生を募集するとありました。5月から開講し、定員は20人。ネット申し込みで先着順とのこと。週一回2時間の講習は無料、年齢不問、弓は無償貸与、という好条件でした。
当時はコロナ禍で、「密」はご法度。私も前年に毎日新聞大阪センターを退職し、年金生活に入っていました。出歩くのも憚られる時期でしたが、そんななかで新規会員を募集するという弓道。おもしろいと思って申し込み、なんとか入会できました。後に知りましたが、同弓道協会の場合、新規募集は原則2年ごと(今年は国スポが滋賀であり募集中止に)。いまは人気も出て、抽選だそうです。
隔年というのは学ぶ側から言えば、狭き門で不満も出かねません。でも実態が分かれば納得でした。研修生の指導は協会員のボランティア。弓道は生涯現役の競技なので、まったくの初心者に教えるより、自分が弓道を教わり、究めたいという人が圧倒的に多いのです。
今は週二回、平日の午前中に大津市園城寺町にある皇子が丘公園弓道場に通っています。山端にある道場では、朝一番で的回りの安土を整備します。射場から安土までの芝生には、夏場ならシカの糞やイノシシが掘り返した跡があることも。春には鶯が囀ります。自然に恵まれた環境で、矢を射る気分も上がります。
会費は全日本、滋賀県、大津市の各弓道協会費を含めて年間で1万円少し(段位によって変わる)ですが、弓道場の利用は無料。かつてかじったゴルフなら一回分のプレー代です。弓と矢はその後購入しました。私の場合、竹弓が12万5000円、カーボン矢が6本で6万円でした。そのほかに弦を掛ける鹿革の弽(かけ)、弓道着なども必要になりますが、総じて言えば割安感があります。
◇ 弓道の実技 ◇
弓道は一手で二本の矢を射ます。甲矢(はや)と乙矢(おとや)と呼び、羽の着け方が時計回り(甲矢)と反時計回り(乙矢)になっています。射場に入場の際は、執弓(とりゆみ)の姿勢という腰に弓矢を構えて入場。野球のようにサウスポーはなく、全員が左手に弓、右手に矢です。的は近的(28㍍先の36㌢の的)と遠的(60㍍先の100㌢の的)がありますが、多くは近的でやっています。皇子が丘は近的しかありません。
稽古でも、最初の一手は、ほとんどの人が審査の要領で入退場や射技をします。射手は入場したあと、上座(じょうざ)に向きを変えて礼をし、自分の射位まで進みます。その後は射法八節という射始めから射終えるまでの順序で射技をします。
この間、すべての動作は息合い(呼吸)で行います。また、歩行も摺り足で、お能のような歩き方です。飛んだり走ったり、動作を端折ることはしません。大体、一手は5分程度(高段者はより長くなる)で終わります。約3時間の稽古で、私は30~40本射ます。間に矢取り(矢の回収)を自分たちで行うほか、巻藁室で射形を確認したり指導を受けるため、あっという間に時間がたちます。
◇ 弓道の魅力 ◇
弓道は洋弓と違い、照準もなく、世界に類を見ない大きな弓(身長184㌢の私は四寸伸び233㌢を使用)なので取り扱いにくいです。とはいえ弓道は正射必中(せいしゃひっちゅう)。正しく射れば、必ず中ると言われ、事実その通りです。
実際、指導の先生に「目を瞑って射てご覧。教わった通りにやれば当たるはず」と言われ、的前で射る寸前に目を瞑って射ましたが、当たる時もありました。
28㍍先の36㌢の的は、小さなものですが、私のような低段者でも良いときは50%程度当たります。ただ、ダメなときは10%以下。問題は、当たっても良い射でないことが多いことです。私が参段になれない理由がそこにあります。
最大の魅力は、矢が当たった時の音だと私は思っています。的(ビニール製がほとんど)の張り替えも自分たちで行いますが、きっちり張った的に矢が当たると、大きな良い音がでます。矢が的までまっすぐ飛び、当たった時は、心が弾みます。
◇ 弓道場の日常 ◇
皇子が丘公園弓道場にはエアコンはありません。道場のそばに大津市営のテニスコートがあり、ある猛暑日に「すこし涼ませてください」とテニス利用者が突然来たそうです。来訪をいぶかりながらも「どうぞ」と畳敷きの更衣室を勧めたところ「クーラーはないんですか?」と言って、そそくさと帰っていったそうです。射場と控室、巻藁室に扇風機があるだけ。一方、冬は石油ストーブを焚きますが、木の床は滅法冷たく、足袋を重ねて履いてもあまり効果はありません。やむなく、貼るカイロなどで暖をとります。
道場では、ほとんどの人が弓道着です。基本は上衣が白、下は袴、足に足袋。上段者は着物(五段以上の受審は着物着用が必須)に袴の方もいます。みな帯を締めますが、腰が多少痛くても帯を締めると、楽になります。昔は緩かったそうですが、いまは道場内は飲食禁止。コロナ禍以降、特に厳しくなっています。
この弓道場に通っているのは、大学生(立命館の弓道サークルが所属)から80歳代までと幅広く、朝稽古は女性が多いです。6対4くらいでしょうか。共感力の高い女性は、道場でもおしゃべりです。射をしているより、しゃべっている時間が長いのでは、という方もお見受けします。男は社交性が乏しく、黙々と射技を楽しむ人が多いようです。世間一般と同じですね。
でも、女性は道場の男性を男とは見ていない、と断言できます。狭い控室では体がけっこう近づくときもありますが、よけたり恥じらうそぶりは誰一人見せません。
とはいえ、道場内では、みな、「さん」付けで呼び合い、笑顔が溢れています。弓道が人と競うのではなく、あくまで自分との戦いだからでしょう。
◇ 弓道の審査 ◇
日本の弓道人口は、全日本弓道連盟によると約13万7000人。高校生が過半数の約7万2000人、大学生約1万3000人、中学生約1万1000人で計71%(2023年3月時点)を占めます。社会人は3万9000人で29%。学校を卒業後、弓道者が減るのは、道場が少ないせいでしょう。
段位は5級から十段まで。錬士、教士、範士という称号者もいます。四段までは都道府県ごとに審査。五段は近畿なら二府四県を持ち回りにする「連合審査会」、六段以上は「中央審査会」とより全国規模になり、難易度も急激に上がります。
私が住む滋賀県では、審査が年4回あります。中でも20歳前の初段の合格率が極めて高いと感じています。京都の風物詩でもある三十三間堂の「通し矢」(遠的)が地理的に近く、初段以上の新成人が申し込み条件でもあることから、成人前に受審する若者が多いのです。県弓道協会長も「人生一回きりの大舞台だから、合格基準も多少甘くなる」と話しておられました。温情に拍手です。
段位審査は、基本的には5人一組で臨みます。二本の射技と学科があり、入退場の所作である体配も重要な採点対象です。学科はいまは問題が事前告知され、審査日に提出するので楽ですが、コロナ禍前は、審査当日に出題し、すぐに書き込む方式だったそうです。もとに戻らないことを祈るばかりです。
最近は私も落ちなれて、緊張感も薄くなりましたが、受け始めた当初は、級位審査ですら心臓がどきどきしていました。何十年ぶりの緊張だろう、と思いました。71歳になっても新たな経験を積ませてもらっていることに感謝です。
(元広告局、尾賀 省三)