2023.02.02
閑・感・観~寄稿コーナー~
「そろそろ出かけよか」--。ほぼ毎週火曜日と金曜日に、私か妻のどちらかが言う温泉行きの合言葉である。とは言っても、本格的な温泉旅行ではなく、銭湯よりは少々豪華ながら、日帰りの温泉だ。68歳のキャリアスタッフ退職時に何の趣味を持たなかった夫婦が「ボケないようにしないと……」と話し合い、当時、暇を見ては出かけていた不定期の日帰り温泉行きを定期に切り替えたのだ。
それ以来、この10年ほどは原則的に週2回のペースを守り続けている。その日は着替えから大小のタオル、水筒などの「温泉道具一式」を詰め込んだ旅行カバンを抱えてイソイソと……。マイカーで20分ほど、10㌔程走ると行きつける長浜市内の「あねがわ温泉」である。下駄箱の鍵とロッカーの鍵をフロントで取り替えると、畳を敷き詰めた“大奥”風の廊下を歩いて更衣室へ。手続きは妻で、フロントでは妻の方が「顔」だ。10年も通っているからロッカーは浴場の入り口や化粧台、トイレにも近い定位置である。これも常連の特権のようなもの。
浴場に入ると、まず洗い場で頭髪、顔、そして最後に全身を石鹸で洗う。全身を浄め、浴槽に感謝してから入浴するというのが私の温泉流儀である。血行不良や胃腸病に効果があるという炭酸浴で30~35分、さらに腰や背中などに心地良い流水泡をあてるジャグジーで20分余り。最後にストレス解消や美肌効果の大浴場でゆったりと20分ほど温まる。晴天で気分が良ければ露天風呂で20分ほどウトウトすることも。
地下1300㍍から汲み上げる炭酸水素塩泉という天然温泉らしが、成分や効能よりも「ボーッ」とゆっくり過ごすことに比重を置いている。小学生以下は「おことわり」で、サウナもない(陶板浴あり)が、「健康、保養」をテーマにしており、私と同年代を中心に高齢者や中年、若者ら幅広い層に人気の施設のように感じる。
コロナ禍でこの3年ほどは、静かに入浴を楽しむ“黙浴”なるものが求められるので、常連客だけでなく客同士でもほとんど会話はしない。話したがりの私などは苦痛で、「何のための温泉ぞ」と思うことも。こんな時代だから仕方がないが、それでも取材で知り合った人と20数年ぶりに出会ったり、小・中学校の同級生とバッタリということも(長浜市は私の出身地から近い)。文字通り旧交を温泉で温めることになる。
コロナ前には、常連客たちと面白い話をすることも多かった。「家風呂では40年以上も妻と混浴など」と自慢げに話す70歳代の人がいるかと思うと、大にぎわいの観光地で倒れそうになった妻の腰を支えたら、「やめて!」と言われ、周囲からは「チカンだ!」と言われた笑い話のような話も。持病の数を言って競い合ったり、妻や子供への愚痴など悲喜こもごもだ。私も浴槽で水筒から水を飲んでいて、「浴場で飲酒」と通報されたことがあるが、これも懐かしい思い出である。だから温泉行きは楽しく、やめられない。
偶数月の15日から月末にかけては特に高齢者が増えるようだ。年金の支払いで懐(ふところ)が暖かくなり、「温泉へ」ということなるにでは――というのが私の見方である。「あねがわ温泉」は和・洋の休憩室や健康をテーマにしたレストラン、設備もととのっているのが私のお気に入り。入浴料金は会員(入会金300円)になると、1回880円(一般980円)と結構する。私は回数券だが、たまには食事もするので、夫婦で1カ月2万円ほどかかる。
老後の楽しみとしては、このぐらいはいいのかも……。この温泉行きを通して、夫婦の話題、会話が増え、楽しく、ゆったりとした心豊かな日々が送れているように思う。何よりも、私も妻も最近はコロナのワクチン接種以外に医者にかかることもなく、体調も気分もそれなりに充実している。
(元彦根通信部・松井 圀夫)