閑・感・観~寄稿コーナー~
SALON

紙芝居のおっちゃんデビュー(井上 脩身)

2025.12.31

閑・感・観~寄稿コーナー~

 現金3億円を奪った悪党一味をオートバイで追うまぼろし探偵長!

 12月27日、横浜市歴史博物館(同市都筑区)で開かれた「紙芝居は面白いぞ」での、紙芝居の出だしの口上だ。演じるのは「いのしゅう」。わたし(井上)の紙芝居師名だ。博物館では毎月最終土曜日(ラスサタ)に紙芝居実演会を開催しており、いのしゅうは十数人の演者の一人なのだ。

 2023年11月、わたしは童話本『光太 虹の国に行く』を文芸社から刊行した。本文中の挿絵もわたしが描いたことから、担当編集者が「紙芝居をつくってみては」とポツリともらした。翌年7月、わたしは妻が生まれ育った横浜に転居。同市立図書館で手作り紙芝居講座の参加者募集チラシを目にした。編集者のひと言を思い出し、2日間、小学1、2年生の子どもたちと机を並べて紙芝居作りに挑戦。以来、流れ星に化けた子ダヌキが大砲の弾に次々にまたがり、戦争をしかけた王さまの館に弾を積み上げるという「流れ星のコン太」など、約10編の紙芝居を作った。作ってはみたものの、はて、どうやって演じればいいのか。と頭をいためていたとき、同歴史博物館が紙芝居師養成講座の参加者を募集していることを知り、ちゅうちょなく申し込んだ。

 同博物館は同市北部の新興住宅街の一画に1995年にオープン。人々の暮らしにかかわる展示を心がけており、戦後間なしから昭和35(1960)年ころまで、街頭で実際に演じられた紙芝居を2000点以上も所蔵。「紙芝居を市民に触れてもらおう」と、紙芝居の実演会をひらくことにし、7年前「街頭紙芝居デビュー講座」を始めた。コロナ期を除いて毎夏開催。5期目となる今年の講座は8日の日程で開かれ、わたしを入れて7人が受講した。最年長はいうまでもなくわたし、最も若いのは高校2年生。平均年令は50歳くらいか。

 講座は街頭紙芝居の歴史を学ぶことから始まり、最後の2日は卒業試験としてお客さんの前で実演。わたしは、カッパのおじいさんと3人の子どもが諸国を漫遊する「カッパ太平記」を演じたが、すっかりあがってしまって裏書き(台本)を読むのが精いっぱい。どうみても落第生であったが、講座修了者として、紙芝居実演者メンバーに加えられた。

 わたしがデビューしたのは11月のラスサタ。同博物館のエントランスホールで開かれ、観客は家族連れ25人。うち子どもは約10人。いずれも3~5歳の未就学児だ。わたしは「カッパ太平記」と、タヌキが坊やに化ける「お山の金ちゃん」を演じた。少し余裕がうまれ、「金ちゃんがクンクンと坊やの匂いをかいだのはなぜだと思う」と子どもにたずねかけるなど、少しばかりの脱線もこころみた。終わると拍手をあびた。まずまずの出来だ。

紙芝居を演じるいのしゅう

 かくして、冒頭に述べたごとく、2025年の最後となる12月のラスサタにも参加した。取り組んだのは「まぼろし探偵長 暗黒街」。練習のために送られた画像データ(現物は公演当日しか触れることができない)をみると、夜行列車の現金輸送車から悪党一味が3億円を強奪するという物語。調べてみると、この紙芝居は1958(昭和33)年に作られた。なんと、白バイの警察官を装った男が、東京・府中市の東芝の工場従業員のボーナス約3億円を、現金輸送車ごと盗んだ「昭和の3億円事件」(1968年12月)の10年前の作品なのだ。一介の紙芝居の作者が10年後の大事件を予見していた! わたしは驚愕した。

 さて、本番。この日は歳末とあって観客は10人あまりといささか寂しい実演会に。「この紙芝居は、今年6月に亡くなった長嶋茂雄さんがジャイアンツに入団した年に作られました」とまず前置き。「わたしがビックリした数字がでてきます」と言いながら実演を始めた。

 現金3億円を奪った一味を率いるレッドサークルと、その犯行を阻もうとするまぼろし探偵長との手に汗にぎる闘い。だが、探偵長はレッドサークルの電気ムチに打たれ、岩に頭からぶちつけられる。危うしまぼろし探偵長。そこに白バイを先頭に警察が駆けつけてきた――。

 最後の白バイ場面を開いたまま、こう語りかけた。「ビックリした数字、わかるよね。10年後、白バイの警察官になりすました男が、実際に3億円事件を起こしました。当時の年末の宝くじの1等は1000万円。3億円なんて、夢の夢のまた夢のウソのような世界。この紙芝居の作者はすごい。この物語、この後どう展開するのでしょう。続きはまた今度」

「これでぼくの紙芝居はおしまい」というと、小さな子どもが笑顔で拍手してくれた。「オレも少しは紙芝居のおっちゃんらしくなったかも」。そんな思いを胸に、わたしの紙芝居師デビューの年が終わった。

                        (元社会部、井上 脩身)