閑・感・観~寄稿コーナー~
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英検一級目指し音読千回の思い込み(小園 長治)

2024.12.19

閑・感・観~寄稿コーナー~

 まず強い思い込みが招いた大失敗から報告します。3年前の春です。ぽっこり膨らんだ腹をなんとか凹ませたいと思い、腹筋運動を始めました。コロナ禍で外出もままならず、時間だけはたっぷり。朝、昼、就寝前に、こってり腹部をいじめました。

 しかし、目に見えた効果は、なかなか現れず、筋肉痛だけが日増しに拡大。寝返りもひと苦労。特に用便は相当の覚悟が必要となりました。「だが、ここで諦めてはいいけない。この痛みは腹に効いている証拠。腹部にシックス・パックが間もなく現れるはず」と信じて疑わず腹筋運動を続けました。

 実は筋肉痛が慢性化している最中、異変が起こりました。虫垂炎になっていたのです。虫垂炎の痛みと腹筋運動の痛みの区別はつきません。腹部の痛みは、ますます強烈になったのですが、それでも、すっきりした体型を夢に描いて腹筋運動を無理やり継続。虫垂炎を疑うことはありませんでした。

 思い込みがもたらした悲劇はここからです。もがき苦しむ私の姿に妻は病院行きを命じ、近くのクリニックへ。そこでの診察は「大腸が腫れている。紹介状を書くので(神戸中央)市民病院へすぎ行きなさい」。そのまま市民病院に転戦すると「入院です」と担当医がずばり。病名は「急性限局性腹膜炎」。虫垂炎が破裂し、腹膜に濃厚な膿だまりが二カ所。

 五日間の絶食後、脇腹に太い針を刺して貯まった膿を一週間かけて抜きました。見る見るうちに腹はしぼみました。当初の思惑はあっさりと実現しました。とはいえ、急速に痩せたため腹部は皺だらけ。夢のシックス・パックは無残は結果となりました。七十八㌔あった体重は退院時五十八㌔。信じられません。

 だが、本物の悲劇はこれから。「もうこれで終了」と思っていたら、担当医から「腐った虫垂を除去する手術をします。もし大腸に癒着していたら、癒着部分を含めて腸の一部も切除します」と告げられました。

 手術は三カ月後の八月に予定されましたが、コロナ禍のため空きベッドがなく、九月に手術を受けました。幸い癒着部分はなく、手術は一時間半で終わりましたが、術後の激痛が待ち受けていました。私の人生で最大の激痛でした。これも強い思い込みが招いた結果だと思います。そして体重は六十二㌔まで回復。まずまず健康です。酒も楽しく、おいしく飲んでいます。腹部の皺は残っていますけど。

 さて、もう一つの思い込みについて。退職後に入学した神戸外大での目標は英語検定一級合格とTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)の九百点超えです。悔しいですが、双方とも実現できていません。英検は連敗記録をずっと更新。TOEICの得点は遥かに及びません。受験料だけでも大変な金額です。

 「オレは無駄な努力をいているのだろうか」と友人の僧侶に愚痴をこぼしました。すると僧侶は「若いころ、お経を暗記するため、お経の書を千回音読した。千回音読すると頭にすりこまれる。英検の勉強も同じだろう」とアドバイスをくれました。

 この僧侶は岡山の田舎の寺で住職を務め、檀家の信頼も厚く、近所の人たちにも慕われているそうです。

 僧侶と私は高校の同級生でした。もう時効jですけど、二人で四十円ずつ出し合って当時一箱八十円のたばこ「ハイライト」を自販機で買い、部室や高校近くの茂みなどで吸っていました。その際、同級生は自宅の寺から線香を持ち出し、線香の香りでたばこ臭を消す念の入れようでした。一度も発覚することなく、「ハイライト」の紫煙を揺らしました。

 もう50年以上前のことです。許してください。その同級生が寺を継いで住職となり、数十巻もあるお経を暗記したのですから、彼の話は傾聴に値します。「音読千回」、果たしてできるだろうか。「千里の道も一歩から」と勧められました。

 そこで私はYou Tubuのさまざまな英語プログラムから日常の英会話、英字新聞の社説、偉人たちの名言、英検の過去問などをノートに書き写し、音読に励んでいます。書き写した例文は一万以上になり、やや分厚いノート十冊になります。本当に音読千回が可能なのか、いささか不安が先行しました。

 ところが毎日新聞「みんなの広場」に投稿された「英語脳」を作るため音読続ける(二〇二四年十二月三日付)を目にした際、私と同じ考えに接して意を強くしました。投稿者は北海道の三十七歳の男性。英語の教科書を千回音読して、脳に英語の回路を構築するという内容でした。

 齢七十。今さら英語を勉強しても、自分の人生が変わることはないと思っています。仮に習得して得られるのは自己満足だけ。でも自己満足にハイライトが照らされたら。そんな強い思い込みの日々を過ごしています。

                   (元神戸支局・小園 長治)