2022.11.17
閑・感・観~寄稿コーナー~
「月1のへぼゴルフ」が74歳の現在唯一の楽しみになっている。
ゴルフを始めたのは松江支局のデスクからクリエイティブ本部(現在の総合事業局)に転勤になった43歳 の頃だった。ゴルフ道具など持っておらず、もちろんゴルフボールも打ったことすらな かった私に、故佐藤茂本部長から「ゴルフもせんかったら、営業できんやろ。一日も早 くコースに出れるように練習せよ」と半ば業務命令のように言われた。
先輩のゴルフクラブ一式を借りて出場した最初の職場コンペは、キャディーさんから叱られるし、同伴者からもからかわれるやら、悲惨な結果に終わった。スコアはよく覚 えていない。スコアを付けてくれた同伴者の話では200を軽く超えていたそうだから 、めちゃくちゃなゴルフだった。随分と迷惑を掛けたものだ。
その後、レッスンプロや 上級者に教えてもらうわけでもなく、全くの自己流でクラブを振り回していた。それで もラウンドを重ねるうちに1年半ほどでようやく100が切れるようになり、アベレー ジゴルファーの仲間入りを果たした。
それ以来、30年、ゴルフから足を洗えずにいる。思えば、ゴルフには随分とお金や貴重 な時間を使った。プレー代、道具代にはかなり出費したと思う。クラブはいまだに「よ く飛ぶ」と評判のドライバーが売り出されると、すぐに衝動買いしてしまう。買って合わないと気付くと、すぐに行きつけの中古ゴルフ屋に買い取ってもらう。
最近はかなり 整理したが、ドライバーはまだ12本、パターが7本もある。フェアウェイウッド、ユー ティリティー、アイアン3セット、ウェッジなど合わせると、かなりの数にのぼる。中 古屋に売りに出されず、手元に残っているクラブは私の大切な「相棒」とも言える。順番にラウンドに連れていき、機嫌を損なわず活躍してくれるように気を遣っている。
最近は私より5歳ほど年上の方と回ることが増えた。皆さん、お元気でいつも感心する 。私もその方たちの年齢までは頑張ろうという気持ちにさせられるのだ。何年か前に、あるゴルフ仲間から「がんと闘病していた父が最後のゴルフを楽しみ、1カ月ほど後に 亡くなりました」という話を聞いた。その人はきっと幸せなゴルフ人生を送られたので はないだろうか。
誰しもいつ病に倒れるかわからない。その日のゴルフがもしかしたら人生最後のゴルフ になるかもしれない。そんなわけで毎回「1球1球」気持ちを込めて真剣にラウンドする ようにしている。
(情報調査部、上田 正雄)