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「やさしい日本語」を世界へー元論説副委員長、石原進さんが提案=東京毎友会のHPから 

2023.09.03

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 ご存知のように新聞各紙の購読者が右肩下がりで減少しています。日本新聞協会の2022年の集計によれば、協会加盟社の新聞の発行部数はトータルで3082万部です。20年前に比べると2300万部も減っています。

 新聞のニュースは、インターネットを通じて日々、発信されています。紙の新聞は減っても新聞自体の媒体力はそれほど落ちていない。そんな見方があるかもしれません。とはいえ、紙の新聞の激減ぶりは目を覆いたくなるほどです。当然のことですが、毎日新聞をはじめ新聞社の経営環境は厳しさを増しています。

 日本の新聞には政治、経済、社会の動きの他、スポーツ、文化、芸術、教育、生活、医療、科学など様々な分野の情報が盛り込まれています。新聞が日本の文化向上、日本人の教養を高めることに大きく貢献してきた、という評価もあります。それは一つの日本の文化であり、ソフトパワーであるということができるかもしれません。漫画やアニメが世界的に人気を集めていますが、質の高い「新聞文化」を日本の魅力の一つとして発信できないでしょうか。

 問題は「言葉の壁」です。ネットで情報を発信しても、その内容が理解されなければ、意味がありません。当然の疑問でしょう。その問題を解決するには二つの方法があると思います。一つはAIによる多言語翻訳です。もう一つは「やさしい日本語」を海外で普及させること。シンプル・ジャパニーズを通じて「日本語人口」を増やすわけです。

 まず、AIによる多言語翻訳です。グーグル翻訳ではまだ十分な対応がない中、総務省の情報通信研究機構(NICT)が研究を進めており、かなり精度の高い多言語翻訳の技術が開発されています。すでに民間会社が外国人観光客との自動通訳の装置「ポケトーク」を販売しています。2025年の大阪・関西万博の目玉事業の一つとしてAIによる国際会議の同時通訳が計画されています。AIによる翻訳技術がさらに進歩すれば、日本語の新聞の多言語化は決して夢ではありません。

 一方、「やさしい日本語」は、1995年の阪神大震災を機に市民グループが活用を呼びかけで始まりました。在日外国人への情報伝達が遅れたことで被害が広がり、その反省から生まれたものです。「やさしい日本語」なら理解できる在日外国人が多いことが研究者の調査で分かっています。英語より「やさしい日本語」の方が外国人とのコミュニケーションがとりやすいのです。最近では消防庁が在日外国人向けの「防災のためのやさしい日本語」の必要性を訴えています。

 私は2007年に55歳で毎日新聞社を退社しました。社会部や政治部記者として在日コリアンや日系ブラジル人の取材を意識的にしてきました。そこで毎日新聞を退社後は「移民情報機構」という会社をつくり、外国人に関する情報誌を発刊するなどしてきました。さらに政治記者の経験を生かして実践したのが政治家へのロビー活動です。詳しくは述べませんが、成功例を紹介すれば、2019年に成立した日本語教育推進法です。日本語教育に関する法整備がないことを与野党の政治家に伝え、超党派の日本語教育推進議員連盟を発足させました。議員連盟が議員立法で推進法を誕生させたわけです。

 議員連盟の活動を後押しするため、仲間3人とインターネットサイト「にほんごぷらっと」を開設しました。サイトに日本語教育関連の記事を掲載する中で、「やさしい日本語」の「効能」に気づきました。「やさしい日本語」は、はっきり言う(は)、最後まで言う(さ)、短く言う(み)の「はさみの法則」が基本です。さらに「にほんごぷらっと」は、「やさしい日本語」のすそ野をひろげるため、やさしい日本語の「教師養成講座」も開いています。

 海外に日本語の学習者はどれくらいいるのか。公益財団法人・国際交流基金によると、外国の教育機関で日本語教教育を受講しているのは385万人にのぼります。これは大学の日本語学科などに在籍している人数です。過去に日本語を勉強した経験を持つ人や、独学した人を含めるともっと多いはずです。

 かつて電通などが漢字圏の台湾、韓国、香港で「日本語を勉強したことがある人」をウエブ調査したところ、国際交流基金の「日本語学習者数」の10倍の800万人もいました。あくまで個人的な推測ですが、「やさしい日本語」ならわかる「日本語人口」が世界に2000~3000万人、いやそれ以上いるかもしれません。

 世界で最も普及している言語は英語です。英米など英語圏の国はその恩恵を様々な形で受けています。中国は「孔子学院」、韓国は「世宗(セジョン)学堂」という教育機関を海外に設置しています。これらの教育機関は日本にもあります。隣国政府が持っているグルーバルな問題意識を日本政府は持ち合わせていません。

 政府云々はともかく、日本語の新聞情報を世界に発信できないかどうか。「やさしい日本語」に関しては、西日本新聞がサイトで「やさしい西日本新聞」を始めています。通常の記事をAIで「やさしい日本語」に翻訳していると聞きました。NHKの「NEWS WEB」のサイトはルビ付きの「やさしい日本語」の記事を掲載しています。

 いずれも在日外国人の存在を念頭に置いた取り組みですが、ネット情報は海を越え、海外の「日本語人口」にも届くかもしれません。そうなれば日本の新聞が海外に「輸出」される日がくることも夢ではないかも知れません。

                  (元論説副委員長 石原 進)

 「にほんごぷらっと」は https://www.nihongoplat.org/ 

 石原進(いしはら・すすむ)さんは 1951年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学文学部卒。74年毎日新聞入社。大阪本社社会部、政治部、論説室など。政治記者、論説委員時代は主に安全保障を担当。人口減少時代の外国人受け入れに関心を持ち、2007年に毎日新聞を早期退社して株式会社移民情報機構を設立し、「多文化情報誌・イミグランツ」刊行。日本語学校向けの情報誌編集長を経て日本語教育情報プラットフォームを設立し、ネットメディア「にほんごぷらっと」編集長。和歌山放送顧問、在日ミャンマー人のNPO法人PEACE日本語教育運営委員、外国人留学生支援のNPO法人エルエスエイチアジア獎学会理事。3期9年防衛省防衛施設中央審議会委員を務める。

=東京毎友会のホームページから2023年9月1日

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