2023.01.22
先輩後輩
私は2010年6月13日、日本中の注目が集まることになる探査機の取材をするため、 オーストラリアの砂漠にいました。それが、人類として初めて小惑星から砂を持ち帰 ることに成功した「はやぶさ」でした。
多くのトラブルに巻き込まれ、絶体絶命の事態に追い込まれながらながらも地球へ 帰ってきたというドラマチックな展開は、人々の心をとらえました。はやぶさが小惑 星へ到着した05年から取材を続けてきた私も、プロジェクトチームの何があってもあ きらめず、挑戦を忘れない姿勢から目を離せなくなりました。
後継機「はやぶさ2」では、計画から小惑星への往復航海まで、担当を外れたり異 動したりした後も「勝手に」取材を続けました。新聞への記事出稿だけでなく、ウェ ブサイトに「はやぶさ2応援サイト」(現在は「特集はやぶさ2」、 https://mainichi.jp/hayabusa2)を開設してもらい、探査機とプロジェクトメン バーのあらゆる動きを紹介しました。
イベントの前後には、関係するメンバーへの取材を重ねました。100人近くに話を 聞きました。はやぶさを率いた川口淳一郎さん、はやぶさ2リーダーの津田雄一さん には、それぞれ数十時間のインタビューをしたことになります。取材をするうちに、 私自身がはやぶさファンになっていました。
それらの取材の「すべて」をまとめたのが、2022年3月に毎日新聞出版から出した 「はやぶさと日本人」です。 私は高校時代、理系科目にてこずり、文系の学部へ進学しました。1991年に毎日新 聞社へ入社し、初任地は大阪本社第1整理部でした。3年間を過ごした和歌山支局で は、教育問題や有田地方の行政などを担当しました。理系への苦手意識は続いていま したが、記者として自分の知らない世界に迫る面白さを学ぶことができました。
ひょんなことから、02年に東京本社科学環境部へ異動になりました。専門家の話は ちんぷんかんぷんで、中でも宇宙開発は専門用語が飛び交い、現場では戸惑うことば かりでした。しかし、はやぶさ、はやぶさ2の取材を通じて、どんな専門的な分野で あっても、そこで奮闘しているのは他でもない「人」だということに気付いたので す。「人」の取材であれば、理系も文系も関係ありません。
「はやぶさと日本人」では、関係者一人一人の思いを描こうと思いました。人類初 に挑む動機や悩み、苦しさを聞き、壁を乗り越えて成果を手に入れるプロセスを 「人」の側から描こうと考えました。
それが成功したかどうか。多くの方に本書を手に取っていただき、評価していただ ければ望外の喜びです。
はやぶさ2は、今も次の小惑星を目指して旅を続けています。チーム内では、世代 交代が進んでいます。私は探査機、そして新たなチームメンバーたちを今後も取材し ていきたいと考えています。
(論説委員・永山 悦子)
最近の投稿
2024.10.27
元外信部、経済部の嶌信彦さんが『私のジャーナリスト人生 記者60年、世界と日本の現場をえぐる』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.18
新刊紹介 71入社、元長野支局員で元村長・伊藤博文さんが『あの世適齢期』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.09
新刊紹介 95歳、元気でコラム執筆の元エコノミスト編集長、碓井彊さんが「日本経済点描 続々編」刊行≒東京毎友会のHPから
2024.08.22
新刊紹介 『未来への遺言 いま戦争を語らなきゃいけない』を前田浩智主筆、砂間裕之取締役が共著で=「日本記者クラブ会報」マイBOOK、マイPR転載(東京毎友会のHPから)