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新刊紹介 人間存在を問う闘い――米本浩二さんが新刊『水俣病闘争史』=東京毎友会のHPから

2022.08.10

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◆毎日新聞西部本社2022年8月6日付け<土曜カルチャー>◆

水俣病闘争史」

 水俣病の歴史と患者らの闘いを概観する『水俣病闘争史』(河出書房新社)が8月中旬、刊行される。著者は『評伝 石牟礼道子 渚(なぎさ)に立つひと』、『魂の邂逅(かいこう) 石牟礼道子と渡辺京二』(いずれも新潮社)などの著作のある作家の米本浩二。本書を『評伝~』『魂の~』に続く「3部作」と言う米本に話を聞いた。いわゆる「水俣病闘争」は、1968年から73年まで繰り広げられた患者救済運動を指す(73年で水俣病が終わったわけではなく「闘争の本質が変わってしまった」と米本は指摘する)。本書は、前後の歴史にも触れつつ、この<前近代による近代への異議申し立て>(渡辺京二)である水俣病闘争の本質を未発表資料なども駆使し、描き出す。

 米本は61年、徳島県生まれ。87年から2020年まで毎日新聞社に勤務し、学芸記者として、晩年の石牟礼道子を取材。新聞連載に加筆修正した『評伝 石牟礼道子』で18年、読売文学賞受賞。その後も、石牟礼や、石牟礼の伴走者であった日本思想史家の渡辺京二らを取材し、『不知火(しらぬい)のほとりで―石牟礼道子終焉(しゅうえん)記』や『魂の邂逅』を出版。退社後は福岡市内で著述業を営む。現在は毎日新聞西部版文化面で、石牟礼の生涯を飼い猫クロの視点からつづる「みっちん大変 石牟礼道子物語」、「極私的 傑作文章列伝」を連載している。

米本浩二さん(野田武撮影)

 本書は6章構成。1章「寒村から」では、水俣に日本窒素肥料(後のチッソ)がやってくる1900年代初頭から書き起こし、2章「闘争前夜」では、56年に水俣病発生が公式に確認されて以降、68年に患者支援組織「水俣病対策市民会議」(後に水俣病市民会議)が発足し、国が公害病認定をするまでを記述する。この間、国もチッソも責任を認めず、患者とその家族は長らく<病苦と貧窮と社会的差別の三重苦>に置かれ続けていた。現代にも通じる「棄民」政策だ。第3章「闘争の季節(とき)がきた」、4章「困難、また困難」、5章「大詰めの攻防」で、患者らの闘争を活写する。6章「個々の闘い果てしなく」では、73年以降の闘いについて紹介している。一般の人が気軽に手に取れ、闘争を見渡せる簡便な一冊を、との思いが込められている。

 水俣病闘争は、地獄の底に放置された患者たちの人間奪還の闘いでもあった。

 そんな患者たちに寄り添い、「助太刀」したのが68年に発足した市民会議と、石牟礼の呼びかけに渡辺が呼応して69年に誕生した「水俣病を告発する会」(告発する会)だ。告発する会は、患者の意思を最優先事項とし、旧厚生省占拠やチッソ株主総会乗り込み、チッソ本社前での座り込み、社長らとの直接交渉など、患者たちと行動を共にし、支えた。

 また、機関誌『告発』を発行し、患者らの声を広く全国の支援者に届けた。有名な「怨」を染め抜いたのぼりや「死民」のゼッケンなどは石牟礼のアイデアだ。運動に石牟礼と渡辺の存在は欠かせなかったが、裏方として支え続けた渡辺の存在は、現在では研究者の間でも忘れられつつあるという。米本は「渡辺さんが闘争の中で果たした役割をきちんと記録しておきたい思いもあった」と明かす。

 本書は、事実を追った記録である一方、関係者の内面に迫り、小説を読むような面白さがある。

 「水俣病を描くとき、人間ドラマ(文学的)と社会科学的なアプローチがあるが、二つの手法を融合したのが本書」と米本。その強力な武器の一つは、渡辺から託されていた未発表の石牟礼及び渡辺の日記と手紙だ。闘争の渦中にあった2人のやりとりや記録を基に、闘いの日々と運動を支えた根幹の思想を描き出すことに成功した。石牟礼の『苦海浄土』創作についても新たな発見があったと言う。米本が本書を「3部作」と呼ぶゆえんだ。

 米本は、この数年、東京工業大や津田塾大で非常勤講師として、石牟礼と渡辺の視点から水俣病闘争を講義してきた。水俣病の苦難の歴史を語る時、<どんなに冷めた学生でも食いついてくるのだ。過去の出来事を吸収するというより、自身が難問に直面しているかのような熱心さである>と言う。これは一体なぜなのか。米本は「(学生たちは)人間存在の在り方とでも言うべき問題に関心を寄せていた」と語る。

 渡辺は闘争を振り返り、<政治的な課題では決してなかった。言うならば、人間の一番基本的な「どう生きていくか」というね、(中略)そういう気持ちの問題>と述懐している。米本はこれらを踏まえ「水俣病闘争は本質的には平和運動だ」と言う。単なる公害裁判闘争にとどまらず、人間存在を問う闘いだった。そこには、私たちが生きる上での根源的な問いと、それに正面から向き合った人々の軌跡がある。それは、困難な時代を生き抜く道しるべにもなるはずだ。

                            【上村 里花】

 『水俣病闘争史』は2022年8月12日刊行予定。ISBN:978-4-309-22862-4
予価2750円(本体2500円)

=東京毎友会のホームページから2022年8月9日

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