2022.08.11
先輩後輩
入学した先は、京都市内の専門学校だ。新米僧侶を教育するところで、本門佛立宗という仏教の宗派が運営している。
同期生は私を含め六名。うち四名は二十歳代である。私以外は皆男性だ。学校に隣接する寮で、彼らと共同生活を送っている。
「学生」とはいえ、坊さんなので、半分が学校での勉強、そして半分がお寺での修行だ。
毎日新聞の連載を書くための体験入学ではない。一昨年秋(二〇二〇年十月)、私は得度をして、僧侶となった。「職業」の欄に記入する時は、もう会社員でも新聞記者でもジャーナリストでもなく、「僧侶」と書く。いまだにちょっと不思議な感覚。
なぜ三十二年半勤めた毎日新聞社を辞め、僧侶になったかは、後ほど記すことにして、まずは現在の日常を紹介させて頂きたい。
お寺の朝は、やはり早い。
男子たちは坊主頭なので楽そうだが、私は有髪であるため、朝の準備はそれなりにかかる。よって四時十五分起床。身支度をして、徒歩七分の本山、宥清寺へ向かう。白衣の上に黒い衣、白足袋に雪駄。一般的な坊さんの制服姿だ。
本山に着いたらまず本堂などのお掃除である。三六五日、必ず朝夕の一日二回、お掃除がある。今のところ春と夏しか経験していないが、真冬は水が相当冷たいに違いない。ハタキや布巾で綺麗にして、朝の勤行に備える。
勤行は通常六時半から八時まで。その間、学生僧侶たちはそれぞれ、その日の担当任務(「お給仕」と呼ばれる)をこなす。勤行を取り仕切る筆頭の僧侶(導師)のもとへ、その日読み上げられる書類などを、順番通りに運んだり、ご信者さんが申し込まれるお塔婆を浄書したり、みんなで唱えるお題目のリズムを保ち、盛り上げるための太鼓を叩いたりする。
とにかくやるべき項目が多い上に、短時間でテキパキとこなさなくてはならないし、道具類が大きかったり、重かったりで、小柄の高齢新人はほとんどパニックだ。ある程度、こなせるようになるまで二か月はかかった。
勤行が終わると、後片付けをして、食堂で朝食を頂く。
ところで、「お寺なら野菜や豆腐しか食べないのか」といった質問をよく受けるが、私の宗派に関する限り、一般の日本人の食生活と何ら変わりない。節度は大事だが、飲食上の禁止事項は特にないので、時間があるときは、夜、自室でビールも頂くし、たまに外食もする。
朝食を慌ただしく済ませると寮に戻り、登校の支度だ。教科書や筆記用具をそろえて、いざ学校へ。
キンコンカンコンという、あのチャイムが鳴ると朝礼だ。校歌を歌い、点呼がある。
輪番で務める日直は、休み時間に黒板消しをきれいにしなくてはいけない。授業の最初と最後には、「起立、礼」と声をかける。「礼」の後に「合掌」が加わるところだけ、小中学校と違う。
昼食を挟んで午後の授業が終わると、また慌てて支度をして本山へ。夕方の勤行である。その片付けが終わると残りの時間は自由だ。しかし、中には復習テストがあったり宿題が出たりする科目もあるので、寮に戻ってからも勉強、という日がある。
十時の就寝を目指しているが、結局、十一時を過ぎることが多い。
授業の内容はといえば、当たり前だが、ほぼ仏教一色。経文や鎌倉時代に書かれた文章を読まなくてはいけないから、漢文、古文の授業もある。同期の若者にとって学生時代はつい最近のことであるが、こちらは「レ点」とか「一、二点」とか、もう何十年も耳にしていなかった懐かしいボキャブラリーである。
信仰の拠り所となる教義や仏教の歴史などを詳しく学ぶのは実に楽しい。何十年も〝訓練″を受けてきたので、自分で調べて、レポートを書く作業も抵抗はない。
大変なのは体育の授業である。噂には聞いていたが、そもそも二十代の男子と一緒に山登りやソフトボールは無理筋というものだ。しかも、ジムのベンチプレスで百キロ以上を楽々持ち上げる、筋肉隆々の二十二歳や元アメフト選手といった体育会系に混じっての運動だ。周囲から何と言われようと、評価が赤点になろうと、とにかく怪我をしないことだけに集中し、遠まきに参加している。
そして期末試験。十一科目もあり、血圧がかなり上昇したはずだ。何十年ぶりに消しゴムが友達になった。
試験が終わると学校は九月まで休み。本山での朝夕のお勤めこそ毎日あるものの、自由時間が増えた。とはいえ、やはり学校である。宿題が出た。読書感想文まである。恐らく活字離れで、まとまった文章を書くのが苦手、という若者を意識しての課題であろう。コンテストをするらしいが、入賞を逃すと古巣の新聞社に迷惑をかけるのだろうか・・・。とりあえず頑張ろう。
(福本 容子 僧名・清容)
福本容子さんは1987年入社、2019年退社。
=東京毎友会のホームページから2022年8月8日
(トップページ→随筆集)
https://www.maiyukai.com/essay#20220808-1
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