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「認知症110番」が30年を迎えます―常務理事を退任した冠木雅夫さんの報告=東京毎友会のHPから

2022.07.07

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認知症110番の相談室。4人1組で奥の3人が電話を受け、手前はサポートや記録を行っている

 パレスサイドビル(毎日新聞東京本社ビル)の一角、3階の毎日信用組合の先に「公益財団法人 認知症予防財団」の部屋があるのをご存じでしょうか? 毎日新聞社が創刊120年を記念して設立した団体です。その中心的な事業である無料電話相談「認知症110番」はスタートが1992年7月20日ですから、まもなく30年を迎えます。ということで、改めてPRをさせてください。私は毎日新聞社を退職後、認知症予防財団の仕事に就いております。2022年6月で常務理事を退任しましたが、ゆえあってお手伝いを続行中です。

 (昨年は資金不足を補うためのクラウドファンディングの呼びかけを掲載していただきありがとうございました。おかげさまで全部で800万円余りの寄付をいただき、一息つくことができました)

 電話相談は毎週月曜と木曜の10時から15時まで、フリーダイヤル0120・65・4874(ろうご・しんぱいなし)で受け付けているので、お悩みのある方は気軽に電話してください。看護や心理、介護や福祉などの専門資格を持つ相談員が交代で対応しています(私は裏方のお世話係)。なかには1時間を越す長い相談もあり、3本ある電話がすべて話し中になることもあります。これまでの相談の累計は3万件余りです。

1 コロナ禍で困ったことに

 「おじいちゃんがデイサービスに行けなくて、症状が進んでいるようです」「施設に入っている母に面会できなくなってしまい心配しています」

 2020年に入り、新型コロナが拡大してからは、こんな電話もよくかかってくるようになりました。認知症は時間の経過とともに進行していきます。とはいえ、その進行を遅らせることもできます。それには薬物の投与とともに社会的交流(人と付き合う、外出するなど)や知的活動(アタマを使うことならなんでも、料理やゲームも)、運動(ただし過度にならないよう)、良質の睡眠(これがとても大事といいます)が有効とされています。ところがコロナ禍で外出や人の交流が減っていくので、運動不足にもなり、認知症の進行を抑えるには具合が悪い状況になっているのです。

 あるとき、こんな質問がありました。「施設入所中の妻に会うのにコロナでガラス越しになってしまいました。行くと嬉しそうなのですが、理解力、記憶力が低下しているようです。面会に行く意味があるのでしょうか」。それに対して相談員はこう応じていました。「面会で嬉しそうにされるのは、いいですね。ぜひ続けてください。面会に行くことは奥様にとってはもちろんですが、ご自身の気分転換にもなりますし、運動不足解消にもつながりますよ」。

 認知症の家族を持つ人は不安です。相談者ご自身も不安を解消したかったのでしょう。たとえガラス越しであっても面会には大きな意味があること、しかも相談者にとってもいいことが多いことを指摘され安心できたようです。相談員が言う「今できることを少しでもコツコツと」というアドバイスに頷いておられるようでした。

2 介護の悩みとストレスを支える

  電話相談で一番多いのは介護にともなう悩みやストレスについてです。介護している人は孤独な状況になりがちです。身近な人や友人にも話ができず、弱音を吐けないことが多いのです。何もしていないのに「財布を盗んだでしょ」と責められたり、モノを投げつけられたり暴力を振るわれたり。とても辛いものです。そんな気持を誰かに訴えたいということで電話をかけてくる方が多いのです。

 2021年度の1135件の集計では、回答した内容で一番多かったのが「精神的支援(励まし、慰めなど)」で679件ありました。SOSを発している相談者を支えるため、「自分を犠牲にしないことがいい介護につながる」「自分の暮らしを一番大切にして」ということをお伝えしてサポートしています。

 次に多いのが「介護・対応方法の助言」374件です。具体的、実際的なアドバイスです。認知症の場合、物忘れなどの「中核症状」だけでなく、暴言や徘徊などの「行動・心理症状」に悩まされることが多いのです。前者について根本的な治療法は未だありませんが(現在の薬は進行を遅らせる作用)、後者は適切なケアによって症状を緩和できる可能性があります。食事や入浴、排便や排尿など日常生活の維持をどうするかも重要です。家の中でトイレの場所が分からなくなったり、外で迷子になったり。相談内容も多岐にわたります。次いで、「認知症の説明」(191件)、「認知症予防の助言」(61件)でした。(※1人に対し複数の回答もあり相談件数の合計より多くなっています)

 多くの場合、相談は、介護を担う人の状況や気持ちををじっくり聞く「傾聴」から始まります。それから具体的なアドバイスをすることになりますが、解決策を示せない場合でも、介護者のストレス緩和や気持ちを支えることが大きな役目になります。「気が滅入った時にお話することで助かっている」と言ってくださる方もあります。長年にわたりお母さんを介護し、その間に何十回も相談してこられた娘さんから、「穏やかにお母さんを看取ることができました」といった感謝の電話をもらったこともありました。

3 一番多いのが娘さんから

 では、どういう人が相談の電話をかけてくるのか。2021年度の集計で対象者(認知症の方)との続柄をみると、最も多いのは「娘」の541人で48%。「妻」157人(14%)、「息子」147人(13%)と続きます。自分自身が心配なのでという「本人」が88人(7%)、「夫」が73人(6%)そして「息子の配偶者」は41人(4%)となっています。

 1992年~2013年集計分では、「息子の配偶者」が16%を占めていたのと比べると大幅に減っていることが分かります。一方で「娘から」は38%から随分増えています。未婚率が増えたこともあるのか、「同居の未婚の娘(または息子)」が介護し相談の電話をかけてくるケースが増えています。それと、「本人」からの相談が増えているのも近年の特徴です。 

 電話をかけてくるのも一苦労のようです。いろいろなハードルがあるようで、「思い切ってかけてみました」という方が多いのです。ほかの相談窓口でうまくいかなかったり、断られたりという方もいます。また、電話していることを認知症の本人に聞かれないように気をつかう場合もあります。「夫が起きてきたので」といったん電話を切り、しばらくしてまたかけて来た方もありました。

 この電話相談は匿名でもOK。都道府県とともに名前も一応聞きますが、匿名でも、ペンネームのような仮名でも応じています。地元の相談窓口では知人などに出くわしたり知られたりする心配があるという方でも相談できるということです。

4 30年前に「ぼけ110番」として

 財団の創設、そして電話相談の開設には佐藤哲朗さんはじめ先輩方の大変な努力があったと聞いています。電話相談30年というので、初期の新聞を調べてみました。

 スタート前日、1992年7月19日の本紙1面には社告で<「ぼけ110番」を開設>とあり、こんな文章が載っていました。

 <痴ほう性老人は現在約100万人(厚生省推計)を数え、うち75万人が在宅で、世話を受けています。この相談はこうした在宅介護家族へのカウンセリングと精神的支援、それに伴う情報提供などを行い、老いの極限にある「痴ほう」を正しく理解する一助にしてもらうことが狙いです。>

 今読むと、時の流れを感じます。当時は「痴ほう」あるいは「ぼけ」と言っていたし、財団の名称も「ぼけ予防協会」でした。「認知症」という言葉が現れたのが2004年の厚労省の検討会で、その後徐々に広まり、わが財団も2010年に「認知症予防財団と」改称しています。患者数も、やはり推計値ですが最近は約600万人、2025年には700万人を超えるとも言われ、「100万人」と言われていた頃とは隔世の感があります。

認知症予防財団の機関紙『新時代』2022年7月1日号

 相談開始の翌日の朝刊対社面には初日の模様を伝える小さな記事。介護家族からの相談として「七十歳の実母。ひどいもの忘れに加え、最近はねたみ深く、性格も一変した。どう対応したらいいのか」「八十一歳のぼけの両親の収容施設を探し求めて東奔西走する娘夫婦」などが紹介されていました。

 30年前のこの日、最初の電話に出たという大ベテランを含め4人の相談員による座談会を機関紙『新時代』の最新号(7月1日号)に掲載しています(司会は不肖、私)。スタート当時の話を聞くと、「(認知症そのものよりも)寝たきりの老人をどうケアするかが中心的な課題でした。全身床ずれだらけとか5年風呂に入ってないとか」という様子だったそうです。家族が「恥」と思って抱え込んでしまい、家から社会に出ることもあまりなかったようです。

 先にも紹介したように電話相談は介護をする人の悩みに応えサポートすることを大きな目的としております。悩んでおられることを傾聴し共感していくところから始まり、具体的な解決策が難しい場合でも気持を楽にしていただくためのアドバイスをしています。

5 事業継続にご協力を

 財団では調査研究やシンポジウム、機関紙発行などもしていますが、事業の中心はこの電話相談です。ただ、残念ながら財政的に苦しいので、近年は日本財団によるコロナ関連助成などで事業を継続しています。先日のクラウドファンディングに続き、現在は月500円からご支援いただける「マンスリーサポーター」を募集しています。関心のある方は、下記のウエブサイトをご覧ください。

 https://www.mainichi.co.jp/ninchishou/ 

 なお、郵便振替で「財団法人認知症予防財団」(口座番号00120・0・551670)宛てに任意の金額をお振込みいただく方法もあります。公益財団法人ですので寄付は所得税、法人税の控除の対象となります。

 ウエブサイトでは、本稿で紹介した「新時代」7月1日号の相談員座談会も掲載しています。