先輩後輩
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政治部出身の渡辺創さん(44)が衆議院議員に初当選、初登院=東京毎友会のHPから

2021.11.13

先輩後輩

《毎日新聞宮崎版から》

当選確実の一報を受けて支援者の拍手に応える渡辺氏(中央)と妻の杏子さん(右)=宮崎市で2021年11月1日午前1時21分

 2021年10月31日投開票された衆院選は、一部選挙区や比例代表の開票作業が11月1日未明に持ち越した。大激戦となった宮崎1区は、立憲新人の渡辺創氏が、自民前職の武井俊輔氏ら3人を破り、初当選し、武井氏も比例復活で4選。宮崎2区で自民前職に敗れた国民民主新人の長友慎治氏は未明に比例復活で初当選した。鹿児島3区では立憲元職に競り負けた自民前職の小里泰弘氏も比例復活で6選を果たした。

《NHK宮崎放送局の11月10日のニュースから》

 先の衆議院選挙では、県内からは3つの小選挙区と九州ブロックの比例区で合わせて5人が当選しました。このうち小選挙区の宮崎1区で自民党の前職などを破り、初めての当選を果たした、立憲民主党の渡辺創さんも初登院しました。取材に応じた渡辺さんは「あらためて気が引き締まり、有権者のみなさんに担わせていただいた責任の重さを実感している。まっとうな野党の議員として、緊張感を持つ政治を取り戻すことが大事だ。胆力があり、人が望まないことでもしっかり役割を果たせる議員になりたい」と述べました。

《渡辺創さんのホームページに掲載されたプロフィールから》

 宮崎県立宮崎東高校卒業後は、宮崎から遠く離れた新潟大学法学部に進学。初めての一人暮らし、際限のない自由な時間、そして社会の構成員としての責任・・・充実した4年間を過ごしました。政治学を学び、フィールドワークと称して思いつくまま各地を訪れる日々。野球サークルでは選手としてよりチーム運営に興味を持ち、新聞連載を行う学生サークルを立ち上げ、学生編集長として卒業前には連載をまとめた本を出版しました。

 「私なりの社会貢献のあり方」を模索した就職活動は、新聞社中心にマスコミ一本でした。毎日新聞社に入社(2001年)。初任地・横浜支局では、大半を事件事故を担当する県警クラブに所属し、まさに夜討ち朝駆け・抜き抜かれの生活。この頃の話はたくさんの失敗談を中心に枚挙に暇がありません。

 初めて臨場した児童3人が焼死した公営住宅火災、小説『空飛ぶタイヤ』のモデルで大企業の構造的不正発覚につながる大型トラック脱輪死亡事故、3カ月に渡った暴走族取材、人間模様に思い巡らせた沢山の事件・・・。横浜市政担当時の米軍基地返還問題や、甲子園準決勝まで同行した1年目の高校野球取材など忘れることのできない取材がいっぱいです。

 私生活では、大学の後輩だった妻と結婚し、長女は横浜で生まれました。

 東京本社政治部へ異動すると、時は小泉政権の絶頂期。官邸の総理番からスタートし、官房副長官番(事務)、内閣府担当、教育再生会議担当、自民党幹事長番などを経て、2007年の参院選直後から民主党担当へ。小沢一郎氏や藤井裕久氏の担当を2年半ほど務め、2009年の政権交代前後を取材しました。少し変わった担務で、永田町にとどまらず選挙取材の名目で日本中を歩き、全都道府県に足を踏み入れました。この時の経験が自らが担い手として政治を志すきっかけになったのかもしれません。

 長男は東京で誕生。まだ「働き方改革」の言葉もなかった時代、自宅滞在時間は毎日5時間という生活でまさに妻の「ワンオペ育児」が続きました。一時は担当記者として少子化対策・子育て支援の記事を書きながら、自らの生活には大きな矛盾もありました。

 「社会との関わり方をより直接的に」と政治家への転身を決意したのは2009年末でした。毎日新聞社を退職・帰郷し、2010年参院選宮崎選挙区に県内参院選では初の民主党公認で挑戦するも17万8854票で次点。たくさんの方々の後押しがあり、翌2011年県議選宮崎選挙区に初当選。その後2015年、2019年と3期連続当選を果たしました。

 この間、民主党(民進党への党名変更あり)県連幹事長代理、同幹事長を務めたほか、2018 年2月から立憲民主党県連代表。活動は全国にも拡がり、同党全国自治体議員団幹事長も2020年8月まで経験しました。県議会では、3度の文教警察企業常任委員長のほか県監査委員、会派「県民連合宮崎」の幹事長を務めました。

 もっぱら仕事をしていれば、満足するタイプですが、趣味は、読書と旅行、(なかなか行けませんが)スポーツ観戦。出張も含め旅先で車窓の風景を眺めながら、思いを巡らす時間が大好きです。宮崎市東大宮在住で、子どもたちは市内の学校に通っています。

《渡辺さんは自身のツィッターで、神奈川新聞にも取材してもらい「ちょっとジーンと」と。以下は神奈川新聞から》

政治・行政 | 神奈川新聞 | 2021年11月10日

初登院で報道陣の求めでマスクを外しポーズをとる渡辺氏=国会正門そば

 元毎日新聞記者で横浜支局にも勤務した衆院宮崎1区選出の立憲民主党・渡辺創氏(44)が10日、国会へ初登院し「横浜での地方記者としての勤務経験も政治を志す動機となった」と感想を述べた。

 2000年代初頭の横浜勤務では横浜市政取材などを担当。高校野球の神奈川代表にも同行取材した。

 故郷宮崎に戻り10年参院選に臨むも落選。以後は県議を務め、3期目途中に衆院選に挑み初当選した。

 取材する側から受ける側に回って「この立ち位置で良いですか?」などと現場で配慮をのぞかせつつ「さまざまな地域で取材などを通じて得た経験を生かしたい」と議事堂をバックに抱負を述べた。

                                 (有吉 敏)

東京毎友会のホームページから2021年11月11日

https://www.maiyukai.com/topics#20211111-1