先輩後輩
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新刊紹介 毎日新聞出身の石戸諭さん『ニュースの未来』=東京毎友会のHPから

2021.10.13

先輩後輩

 2020年8月に『ニュースの未来』(光文社新書)という本を出版した。新聞社そしてインターネットメディア、独立した書き手として雑誌、テレビまでさまざまメディアを横断しながら働いている経験をベースに、未来へのヒントがどこにあるのかを探った一冊だ。とりわけメディア環境に左右されない「良いニュース」とは何かという問いを深めている。

 この手の本には「なぜ、あなたが書く必要があるのか」という疑問が必ず寄せられる。40歳でも小僧扱いされる業界のなかで、30代が書くというのもどうなのかという声も少なからずあるだろう。そこで、私はこう答えてきた。新聞社、インターネットメディアで社員記者を経験しながら、かつ独立した書き手であるというキャリアを歩んでいる人を私は自分以外知らない。取材して書くという仕事を続けることは想像している以上に難しいことなのだから、と。

 やや単純化して語れば、新聞記者は将来に対して悲観的な傾向が強い。マスゴミと揶揄され、会社が無くなってしまった時のビジョンが描けないからだ。逆にインターネットメディアにいる人々は過剰なほど自信を持っている。ページビューなどの数字を上げていけば、ビジネスが成立することを知っているから、それも当然といえば当然のことだが、実際に実力があるという人は少数である。メディア環境の追い風、もしくは向かい風と、実力を勘違いしてしまうことほど恐ろしいことはないだろう。

 拙著にもインターネット業界の全体の課題として人材育成機能を上げたが、新聞社やNHK、テレビ、週刊誌記者以外で基本的な取材力を鍛えられるメディアはない。インターネットでも一部は可能かもしれないが、毎年のように一定数を鍛えられる環境ではないのだ。

 新聞記者が思っている以上に、新聞業界はまだまだ恵まれている。それも昔以上に今のほうが恵まれている。字数あるいは本数で数えてみてほしい。仮にフリーランスになったとして、新聞と同じ仕事内容で稼げる額が給与を上回るという記者は超少数だろう。その月に記事を書いても書かなくても一定の給与が保障されている企業は業界の外に存在しない。取材源にアクセスできる力も圧倒的に新聞記者は優位に立っている。

 恵まれた環境というのは、拙著で定義した「良いニュース」を出せる環境ということでもある。私は「良いニュース」を「事実に基づき、社会的なイシュー(論点、争点)について、読んだ人に新しい気づきを与え、かつ読まれるものである。」と定義し、そこには五つの要素があると書いた。それが五大要素と名付けた謎、驚き、批評、個性、思考だ。社会の謎に迫り、驚きを与えるだけでなく、そこには批評が宿り、誰でもできない個性があり、さらに読んだ人にとって考える時間になること。これは、新聞だろうがインターネットだろうが、映像だろうが関係なくあらゆるメディアで通用する定義であり、必要不可欠な要素だ。

 その中には社会をあっと言わせるスクープ、伝統的な特ダネや調査報道、優れたルポルタージュ、単なる説教で終わらない滋味深いコラムもあるだろう。新聞記者が「良いニュース」をどれだけ積み上げていけば、この社会のメディア環境は確実に変わるし、ニュースの未来はより豊かなものになる。

 良いニュースを増やすこと、良いニュースの市場を開拓すること、良いニュースが届けられるメディアの仕組みを作ること、良いニュースの利益が上がるようなシステムを開発することは、それぞれにプロが必要とされている。書き手だけでなく、クオリティを高めるためにはデスクの力も不可欠だ。そして、誰かがサボってしまえば、今以上に状況は劣化する。新聞業界に吹く向かい風のなか、これは困難な道かと聞かれたら当然、イエスだ。

 だが、こう問い直してみよう。

 環境の変化に適応するために変化を選んできたのは、今だけの問題だろうか。実はそんなことはない。かつては記者が記名で持論を展開するのは不文律に反する禁じ手だった。毎日新聞の「記者の目」は常識を打ち破る挑戦だったのだ。それは、新しいメディアだったテレビが速報性、生放送のリアリティで勝負するという流れに対し、深く取材した記者が裏側を自分の言葉でオピニオンを書くという新しい方法で「良いニュース」を生み出す一手にもなっていた。常識にとらわれず、より良い方法を生み出すことが、新聞―とりわけ毎日新聞―の伝統だと私は考えている。

 今、そのような方法の追求はあるだろうか。私はやっていると自負しているが、私の仕事は、ある意味では言語化されていない伝統に連なっているに過ぎないとも言える。そんな話も『ニュースの未来』に記したので、ぜひ御一読いただきたい。

 さて、年内には群像、そしてサンデー毎日の連載をまとめた書籍がそれぞれ講談社、毎日新聞出版より出版されることになっている。ニュースの未来を切り開くための一冊になるために、多くの時間を費やしている。

                            (石戸 諭)

※石戸諭(いしど・さとる)さんは1984年生まれ。2006年毎日新聞入社、同年4月〜2011年3月まで岡山支局。2011年4月〜2014年3月まで大阪社会部。2014年4月〜2015年12月までデジタル報道センター。退職後、2016年1月、BuzzFeed Japanに転職。2018年4月に独立しフリーランスに。著書には、毎日新聞時代の師匠として岡山支局のデスクだった山根浩二さんが登場する。近著に『ルポ百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)など

=東京毎友会のホームページから2021年9月27日

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