2021.07.30
先輩後輩
大井浩一著「大岡信 架橋する詩人」が岩波新書として刊行された。著者は毎日新聞に「大岡信と戦後日本」を、2018年4月から2021年2月まで33回にわたって連載し、今回の著書はその内容に大幅に加筆した。なぜ、この詩人を「戦後の詩壇における最大の功労者」と位置付けるのか、詩人の作品、言葉と、詩人を支えたかね子夫人をはじめとする多数の関係者のインタビューを再現して、分かりやすく解き明かしている。
タイトルは、『詩への架橋』(1977年、大岡信著、岩波新書)に基づくが、詩人が目指したものが、孤立した文学活動ではなく、個と集団の関係性に着目して「架橋」に込めた意思を解読する試みになっている。
この詩人の名前を聞いて、最初に思い浮かべるのは、朝日新聞に1979年から28年余にわたって連載された「折々のうた」だろう。著者は、連載が終った時点で、作家、丸谷才一が発表した書評で、詞華集および「歌学(詩の批評)の伝統」の流れの中に詩人の仕事を位置づけ、高く評価したことを重視している。
丸谷才一は「古今和歌集」に始まる勅撰和歌集、松尾芭蕉一門の「芭蕉七部集」など「詞華集(アンソロジー)を目安にしての時代区分」を提案、日本の文学史に新しい視点を導入した。「丸谷が自然主義的、私小説的な傾向に対抗するものとして詞華集の伝統を称揚した」と著者は分析し、その「第5期」として、正岡子規に代表される現代につながる時代を見通す文学史観に立って、「折々のうた」を、現代文学の中で初めて成し遂げられた貴重なアンソロジーと位置づけた、と解説する。
「みずみずしい感受性と柔らかさと深い知力」「顔の見える人間関係のつながりを大事にする」と詩人を表現する著者の言葉に、ほぼそのまま同感する。そしてそれ以上に、私(高尾)がこの詩人に親近感を抱く理由は、丸谷、大岡に加えて石川淳、安東次男らを連衆とする連句(歌仙)の世界を、自分たちのお手本としてきたことによる。
個人的な体験で恐縮だが、作品の質では足元にも及ばないことは承知の上で、友人2人と10数年にわたって連句を楽しんでいる。歌仙(長短36句で1巻)はすでに198巻を数え、いまも続く。詩人は連句から連詩へと活動の分野を広げ、国際的な連詩の場も設けてきたが、この手法が、文学をどのようなものとして位置づけるか、という詩人の問題意識に深く関わっている、という著者の論考が興味深い。独りよがりではなく、他者との出会いによって、詩や小説などの文学が新しい展開を始める、とでも言えばいいだろうか。
大岡らの連句は、連衆が一堂に会して、歌仙を巻く。宗匠が苦吟の末のそれぞれの作品を捌いて、一句ずつ繋げてゆく。酒食をともにしながらのやりとりは、詩人が「うたげ」と呼ぶ交流の場だが、我々3人の連句はメールを使ってやりとりするので、詩人が目指す「うたげ」にはならない。それでも楽しめるのが連句、と詩人とその仲間の『歌仙の愉しみ』などを参考にさせていただき、駄句を重ねている。
この本を、門外漢が紹介するのはそんな理由からと、ご理解いただければ幸い。
(高尾 義彦)
大井浩一(おおい こういち)さんは1962年、大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1987年、毎日新聞社入社。社会部などを経て96年より学芸部で主に文芸、論壇を担当。学芸部長も務めた。この間、大東文化大学、法政大学講師を歴任。『批評の熱度──体験的吉本隆明論』(勁草書房)、「2100年へのパラダイム・シフト」(共編著、作品社)などの著書がある。
=東京毎友会のホームページから2021年7月28日
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