2020.12.07
先輩後輩
競輪、ケイリン、KEIRIN。それぞれに意味が異なる世界が、歴史や人間物語を含めて、この1冊ですっきりと頭に入る。ちなみに競輪は、日本各地で展開される公営ギャンブルとしての意味、ケイリンは東京五輪にも種目登録されているスポーツで、海外ではKEIRINとして通用する、日本語由来の国際的なスポーツ用語だ。
新聞記者初任地の静岡で、競輪好きの先輩に連れられて競輪場を初めて体験し、金網越しに疾走する選手たちを見た。その後は、先輩ほど競輪の世界に引きこまれることはなく、今回、堤哲さんからこの新刊書をいただかなければ、無縁のままで通り過ぎた世界かもしれない。
世界選手権10連勝の偉業を刻んだ競輪界のレジェンド、中野浩一選手をはじめ歴代のスター選手たちのインタビューや育成過程のレポート、いま脚光を浴びているガールズケイリンのヒロインたち、美濃部都知事時代にピリオドを打った後楽園競輪など各地の競輪場の栄枯盛衰……。競輪の世界に大きく裾野を広げてくれる読み物になっている。
東京五輪では、日本人のメダル獲得が十分期待できるという。新型ウイルス感染拡大で、今年は各地の競輪で開催中止が相次いだが、その後、インターネットで車券が買えるようになって人気が回復している現象は、競馬界にも共通する新たな時代を象徴する。
堤さんがなぜ専門外と思われる分野の新書執筆に関わったか、「終わりに」で、その〝秘密〟が明かされる。公益財団法人JKAの前身である日本自転車振興会の会長に元NHKアナウンサー、下重暁子さんが就任した際、広報誌『ぺだる』が創刊され、堤さんが「競輪事始」の連載を担当したのが縁、という。同期でJKA2代会長石黒克己さんも登場し、補助事業による公益増進、社会貢献の意義を強調している。
堤さん以外の著者は、朝日新聞の名物記者だった轡田隆史さん、元朝日新聞記者の藤原勇彦さん、それにノンフィクション・ライター、小堀隆司さん。轡田さんが担当した「競輪文学散歩」で、かの夏目漱石が英国留学中にノイローゼになって、その治療のため自転車に乗って身体を動かした、というエピソードが紹介されていた。我が身を振り返って、競輪のようなスピードは出さないが、佃の自宅から銀座や皇居周辺など自転車で駆け回っている体験から、自転車に対する関心を高めてくれるこの新書に感謝したい。
(高尾 義彦)
『競輪という世界』文春新書 本体900円+税
=東京毎友会のホームページから2020年12月4日
(東京毎友会→新刊紹介)
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