2019.07.06
先輩後輩
先輩の梶川伸さんに依頼を受けましたので、「私ごときが……」と思いつつも、謹んで復命します。
40代も終わりに近づいたころ、ふとしたきっかけでランニングを始めました。かれこれ5年になります。私の本拠地は本社10階の大浴場。週に2回ほど、主に夕方から夜にかけて1時間ほどランニングしています。飽きっぽい私にしては、よく続くなと思いますが、これも快適な大浴場のおかげだと思います。
走るコースは十三大橋経由で淀川河川敷を走るAパターンと、中之島経由で大阪城天守閣を1周するBパターンの二つです。夕方から夜にしか走らないため、全く日焼けしません。奈良支局長時代に、老舗ランニングクラブ「奈良市民走ろう会」のメンバーに入れてもらっていたことがあるのですが、いつも「支局長、色白いなぁー(練習してへんなー、の意)」と笑われたものです。ゴルフ焼けしていないゴルファーがいないのと同様、日焼けしていないランナーというものが理解できないのでしょう。
今、本拠地兼クラブハウスでもある大浴場でしょちゅう会うのが、90年入社の同期、山本直君です。フルマラソン4時間切りがせいぜいの私と違い、彼は3時間に近いタイムをたたき出す、本格派ランナー。私が走る時には、必ず彼の着衣が置いてあります。つまり、彼の方がずっと練習量が多い。彼の方が激務な職場のはずなのにと、舌を巻くばかりです。微妙に午後6時より早い時刻に会う場合もあり、会えば必ず「よっ! 不良社員!」と声をかけます。もっとも、内心では「一日何度も、喫煙室にタバコを吸いに来る連中(失礼!)と、夕方1時間ばかりランニングするのは、同じようなものだ」と正当化していますが。
ランニング人脈といえば、85年入社の元田禎さんの活動は特筆ものです。確か京都支局長時代に走り始められ、京都、神戸、広島など、任地ごとにラン友を増やし、通称〝元田グループ〟でリレーマラソンに出たりしているのです。私も一度人数合わせ的に参加しましたが、まるで異業種交流会のような雰囲気に、「社交ゴルフというのはあるけど、社交ランニングというのは新ジャンルだなぁ」と妙に感心した覚えがあります。
そんなわけで、練習のおかげでフルマラソンは13本完走できました。走っているおかげで、20年ほど休止していたテント泊による縦走登山にも復帰できました。夜の高速をぶっ飛ばして深夜に登山口に着き、仮眠。夜明けと共に入山して山中1泊か2泊で戻ってくる――という弾丸スタイルですが、南アルプスの聖(ひじり)岳や赤石岳、北アルプスでは剱岳や槍ケ岳などにチャレンジしています。最近これにバイクツーリングというのも加わり、時間の配分が難しいですが、とにかく健康には気をつけて続けていきたいと思っています。(論説室 野原 靖=1990年入社)
最近の投稿
2024.10.27
元外信部、経済部の嶌信彦さんが『私のジャーナリスト人生 記者60年、世界と日本の現場をえぐる』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.18
新刊紹介 71入社、元長野支局員で元村長・伊藤博文さんが『あの世適齢期』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.09
新刊紹介 95歳、元気でコラム執筆の元エコノミスト編集長、碓井彊さんが「日本経済点描 続々編」刊行≒東京毎友会のHPから
2024.08.22
新刊紹介 『未来への遺言 いま戦争を語らなきゃいけない』を前田浩智主筆、砂間裕之取締役が共著で=「日本記者クラブ会報」マイBOOK、マイPR転載(東京毎友会のHPから)