閑・感・観~寄稿コーナー~
SALON

英語好き集団の小さな同人誌(笹井 常三)

2021.10.04

閑・感・観~寄稿コーナー~

 「毎友会・大阪たより」20号で私は次のように書きました:「90.5歳になりましたが、比較的元気で過ごしております。認知症予防のために『英作文研究』という小さな同人誌に参加、毎月の課題に挑戦しています。」先日、HP編集委員の梶川伸さんからこの同人誌についてもう少し詳しき書いてもらえないか、と丁重なお手紙をいただきました。

 「英文毎日」(The Mainichi Daily News)が印刷媒体として80年の歴史に終止符を打ったのが、2001年3月31日。ちょうど20年前のことですから、毎友会員の中に「英文毎日」のことは知らないと答える方がおられても不思議ではありません。その上、私の毎日新聞社在職期間が1953年4月から75年12月までの22年9か月。このうち大阪本社英文編集部が17年半、最後の半年はEXPO’70(大阪万博)のプレスセンターの毎日ボックスで社会部、写真部、連絡部員らと一緒に取材しました。威勢のよい記者のなかにあっていつも静かにペンを走らせる若手の社会部記者が後年の毎日新聞社長・北村正任氏でした。

 万博が終わると神戸支局英文駐在となり、73年2月に東京本社英文編集部に転属となりました。75年8月に会社が早期退職者の募集年齢を50歳から45歳に切り下げた時、8月生まれの私は「最年少の有資格者」となりました。たまたまその春、学会出席のため上京した大学の同期生から京都女子大学が「時事英語」と「国際事情」を担当できる教員を募集する予定であるが、興味があるか、と聞かれました。そこで今後も情報を提供してほしい、と頼んでおきました。会社の退職者募集と京都女子大の採用手続きが急展開して決断を迫られた挙句、2年11カ月にわたる東京での単身生活に別れを告げることを決断、大晦日に大阪に戻り、翌年4月から教職につきました。

2021年1月号(SASは笹井さんのペンネーム)

 前書きはここまでにして、同人誌の紹介に入ります。同人誌「英作文研究」 (The Study of English Composition) を発行しているのが「英作文研究会」。会員は約50名で、男女の比率はほぼ4:1です。会員の大半が現・元大学・高校の英語教師です。海外の駐在経験がある元ビジネスマン、英語に興味のある家庭主婦がそれぞれ数人います。女性の1人が札幌、男性の1人が長崎県天草市に住んでいますが、地域別では大阪府と愛知県がそれぞれ10人で最も多く、東京都はその半分で、残りは秋田、埼玉、静岡、滋賀、京都、兵庫、福岡県などに散在しています。会員はすべてメーリングリスト(ML)で繋がっています。

 同人誌を始めたのが私の大学時代の友人で、2005年のことでした。この9月号で通算196号となりました。最初の10年ほどはワープロ「一太郎」の時代で、彼が記事の編集整理、印刷屋さんへの運び込み、綴じ込み、郵送まですべて独りでやり、しかも無報酬という献身ぶりでした。会員の説得を受け、最後はわずかな金額を「編集費」の名目で受け取るようになりました。会員が払う月500円の会費の大半は紙代、印刷費、郵送料に喰われ、会員の投稿を添削、評価する米国人女性にはささやかな謝礼で我慢してもらっていました。

 6年前に会誌は20歳ほど若い会員2人にバトンが引き継がれました。2人はともに高校教諭を経て短大/大学教授になったベテラン。英語だけでなくITにも強く、今は「研究会顧問」となっている創設者に劣らぬworkaholics(仕事中毒者)です。1人が編集面を担当、もう1人が会費の徴収や毎年の研究発表会などを担当しています。なお現在の会費、月額600円は10年ほど前から据え置きです。以前のような用紙代、印刷費、郵送料が不要になり、この数年で会員が10名近く増えたことが「健全財政」の要因と思われます。

 『英作文研究』の最大のセールスポイントは Vox Japonica (「日本の声」)です。会員が様々なソースに目を配り、400~450字の課題文を選び、編集者に提案します。適切だと判断すると編集者は課題文をメールで全会員に配信します。

 編集者は締切日(毎月20日)までに受信した訳文を一括してMinnesota州Minneapolis に住む米国人女性に送信します。彼女は名門Cornell 大学で日本語、 Yale大学大学院で言語学を専攻、さらに東京のお茶の水女子大学大学院で日本語文法を研究した経歴の持ち主で、日本語の理解力はすばらしいです。

 彼女は毎回送られてくる30~40編の英訳の中から編集者が指定する2編を徹底的に添削し、その理由を詳細に説明します。もちろん、残りも全部目を通し、丁寧に読んでくれます。そしてうまく訳せている箇所はわざわざ活字の色を赤に変えて目立つような配慮までしてくれます。

 彼女のgrading (成績評価)は最高が Excellent、次いでA-(Only minor errors), B+ (Mostly very good, but a few problems), B (Problems with structures and idioms), B-(Some confused sentences), B-/C+ (I think you were trying to make the text more complicated than it really is)など、 Excellent 以外は添削したあとにそれぞれ短評をつけています。

 もちろん、彼女は課題文を自分でも実際に訳し、私たちにお手本を示してくれます。これも私たちにとって大いに参考になります。さらに学生を引率して日本や中国に旅行した時の体験談などを同人誌に寄稿して、私たちを楽しませてくれます。

 上述したように Vox Japonica が『英作文研究』の中核ですが、量的にはB5型で50頁近い会誌の3分の1を満たす程度です。しかし、英語を書く力の向上に熱心な同好の士の集団だけに率先して書いた日本語・英語の投稿記事で満杯といった状態です。会員の近況を知らせる「同学通信」(Members Titbits)、会員の研究、英文修行、日英語随想などを紹介するMembers’ Forum, 「語法研究」など内容は盛り沢山です。

 原則として毎月4日、それも夕方、編集者が同人誌をPDFファイルで全会員に配信してくれます。Vox Japonica の評価を知りたくて会員が首を長くして待っていた瞬間です。

 月に1度の会誌を補うのがMailing List です。ここでは毎日のように英語に関する新情報の紹介や交換、語法についての質問やコメント、読書感想など多種多様のメールが飛び交っています。同人誌と Mailing Listは英文ライティングの向上を目指して労を惜しまぬ「根っからの」英語好き同志の学びの場であり、切磋琢磨の場です。

 会員の半数以上が同人誌以外にもさまざまな雑誌などで英文ライティングの課題に挑戦、あくなき修行を続けています。その主なものは大修館の『英語教育』、NHKの『実践ビジネス英語』、英文読売 The Japan News の Testing Translation などです。毎日新聞社の週刊英語学習誌Mainichi Weekly の和文英訳欄も人気がありましたが、昨年12月26日をもって休刊となり、1972年の創刊以来48年の歴史に終止符を打ちました。私も創刊5年目にあたる1979年1月1日―8日の合併号から12月17日まで50回にわたり Journalese English と題するコラムを担当させてもらいました。懐かしく思うと同時に休刊を残念に思います。

 印刷した紙媒体の The Mainichi Daily News は20年前に姿を消しましたが、インターネット上では健在です。The Japan Times, 英文読売 The Japan News はじめ内外のほとんどすべての新聞が subscription (定期購読)しなければ記事の数行しか読ませないという制約を課しています。しかし、毎日新聞は無料の英文ウエブサイトで国内外のニュースを発信しています(The Mainichi(https://mainichi.jp/english/). これはすばらしいサービスです。

 これを利用しないのはもったいないです。ぜひ訪ねてください。英語の勉強になりますし、なによりも認知症の予防にも役立つはずです。

                  (元英文編集部・東京、笹井 常三)

188号(2021年1月)前半

188号(2021年1月)後半