閑・感・観~寄稿コーナー~
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島で暮らす(10)「ちゃっちゃと取らんと、種が死ぬばぁ」と気合入れられ海苔の種付け(元田 禎)

2020.10.13

閑・感・観~寄稿コーナー~

 港に設置された水車が一斉に回り、時折「1番」とか「5番」の掛け声が響く。漁師たちはその声に反応し、素早く水車の前に立ち、2人一組で網を外していく。
    海苔養殖のシーズン到来を告げる網の種付けが10月2日から約1週間、広島県福山市内海町(田島)の漁港で行われました。マルコ水産(兼田敏信社長)で働き始めて11カ月。種付けは初体験で、先輩の仕草をじっくり観察し、手振り身ぶりでやってみるものの、これが中々うまく行きませんでした。
 「元田さん、網はツノ(金属棒の出っ張り)の部分で取るんじゃ」「いけん、いけん。後ろに下がったら、網が絡み付く」
    次男純次さんの叱咤激励を受け、言葉では理解しているのですが、やっぱりうまく行かない。最終日の7日には網の張り付け、取り外しも何とかこなせるようになりましたが、正直、疲れました。
    広島県内ではかつて、瀬戸内海の多くの漁場で海苔養殖が盛んでした。現在は福山市の田島、走島漁協の13業者だけが海苔養殖に携わり、うち田島の8業者が全体の8割を生産しています。
    種付けは、カキ殻に潜り込ませた海苔の胞子(カキ殻糸状帯)を、水車を使って網に付着させる行程を指します。胞子は水温が23度以下になるとカキ殻から飛び出すのですが、しっかり付着しているかどうかの確認や、どのタイミングで網を外すかの判断は、漁師の勘と経験が物を言います。
    マルコが所有する水車は6台で、種付けは、昨シーズンの汚れを落とし保存していた網、新しい網を巻き付ける作業から始まりました。網は長さ20㍍、幅1・6㍍。水車には5枚一束を張り付け、胞子の付着を待ちます。黒いテントの中には1~6番の皿が用意され、兼田社長が妻緑さんに指示を出し、網の一部を切り取って胞子の付き具合を確認する。
 「1番はええど」と社長が言えば、緑さんがテントを出て「1番」と大声で告げます。そして、漁師らは一度水車を止め、再び回転させた水車から網を取り外すのです。
    網は5枚重ねで、うまく取らないと水車に潜り込みます。ベテランはいとも簡単に片手で網の端をつかみ、もう一方の手首に網を掛けるのですが、僕は何度も取り損ね、機械をストップさせましたた。2人一組の作業なので、へまをすると相手に迷惑をかける。「ちゃっちゃと取らんと、種が死ぬばぁ(ばかり)でー」と気合を入れられ、僕はもうヘロヘロでした。
    取り外した網は大きな海水槽に移し、しばらく浸したあと、水切りをします。更にビニール袋に入れ段ボールに収めたあと、冷凍庫へ運びました。今シーズン、マルコが種付けした網は、自社が約2400枚で、委託を受けた網、同業者の網を含めると4500枚ほどでした。
    自然は気まぐれです。胞子は出やすい時と出にくい時があり、うちはとっくに種付けを終えていたのですが、まだ終わらない業者の網もかなり請け負いました。「うちも種付けが遅れて、よそに手ごう(手助け)してもらったことがある。お互いさまじゃけのぅ」と兼田社長。自分だけ良ければいいというものではない。う~ん、この結束力、素晴らしいなぁ。
    冷凍保存された網は海水温が23度以下になると海に張り込む「育苗」が始まります。そして、いったん海から引き揚げられて再び冷凍保存。水温が18度以下になると一枚一枚を張り込む単張り(本張り)へと進み、12月下旬から2月にかけて刈り取られます。刈り取られた海苔は即座に板海苔に加工され出荷されます。
    僕とマルコとの社員契約は1年で、10月23日に退職します。黒光りした海苔の収穫をイメージしながら、「漁師」としてのラストランを楽しんでいます。

(元広島支局・元田 禎)

種付けが終わり、水車から網を取り外す漁師たち。僕は何度も取り損ね、機械をストップさせた
胞子がびっしり詰まったカキ殻糸状帯。黒光りしているのが胞子
胞子を放出したカキ殻は、かなり脱色している