閑・感・観~寄稿コーナー~
SALON

ヨーロッパの新聞事情(氷置 恒夫)

2020.02.23

閑・感・観~寄稿コーナー~

 日本新聞製作技術懇話会の「CONPT-TOUR2019」に、2019年10月3日から10日間、参加しました。訪問国はポーランド、オーストリア、ドイツ。それぞれの主要メディアは、日本と同じく「紙の新聞離れをどうするか?」が経営の根幹をなすテーマでした。

【ポーランド】

 ワルシャワのAgora社は、1989年、自主管理労組「連帯」の報道機関として、映画監督のアンジェイ・ワイダ氏らが設立した新聞社です。主要紙のガセダ・ヴィボルチャ紙(ポーランド語で「選挙」)は、国内で最も信頼されている日刊紙。しかし、一時50万部を超えていた発行部数が10万部に落ち込んでいました。

 このため、2014年デジタルサイトを有料化。同時に印刷工場2カ所を閉鎖して1カ所に集中させました。デジタル会員は現在19万人。長期で固い収入を確保するため、クレジット決済を値引きするなどして、会員を囲い込んでいます。

 しかし、紙の新聞を無くすつもりはないと断言しています。「紙の新聞はコンテンツの質が高い。我々はどんな分野に進むにしろ、そのコンテンツを活かしたビジネスで生きていくのだから(紙の新聞は)相変わらず重要だ」と経営ボードは話しました。もっとも、メディアグループの収益の半分が映画(48の映画館を持っている)というのは、「灰とダイヤモンド」「戦場のピアニスト」のワルシャワらしく、うらやましいことでした。

 

ワルシャワのAgora社

 

【オーストリア】

 オーストリア第二の都市・グラーツのStyriaメディアグループも、主要紙のクライネが10年間で70%もの読者減となり、デジタルファーストにシフトしていました。2016年に同国の日刊紙で初めて課金制を導入。「記者は紙の新聞を考えてストーリーをつくっていたが、思考回路をデジタルに変えさせた」「このやり方が正しいかは分からないが、信じて進んでいる」と社長兼編集長は話しています。

 ただ、Agora社と異なり、一昨年、3000万ユーロ(約36億円)をかけて工場設備を一新しています。Manroland製輪転機2セット、Krauze製CTPなど。工場のボスに「紙の新聞が先細りなのに、なぜ大金を投資したのですか?」と問うと「新聞だけを印刷しているわけじゃない。紙の印刷物は消えないよ。もちろん、新聞も」とあっさりしたものでした。

 

オーストリア・Styria社の印刷工場

 

【ドイツ】

 ポツダムのMAZ社も、2012年からデジタルを有料にしていました。よく読まれる地域ニュースを「奥」に入れて誘導し、1時間は無料だがそれを超えると課金されるなどの工夫を施しています。

 工場は陽光が差し込み、日本の工場よりずっと開放感がありました。音の大きい輪転場とコントロールルームの仕切りが分厚いガラス戸になっていること一つをとっても、さすがに労働者ファーストの伝統を感じました。

 経営の多角化として、新聞輸送から配送業への発展の他、各種チケット販売も手がけており、実績は上がっています。

 

ポツダムのMAZ社の編集局

 

【雑感】

 百人一首じゃないが、「いずこも同じ秋の夕暮れ」です。印刷会社にとって最も収益性の高い「紙の新聞」がどんどん減り、新聞社はデジタル化に活路を求める。この構図は日本と全く変わりません。

 しかし、日本と異なっていることが二つあると私は感じました。1つは「ニュースは有料である」という市民の意識が日本より強いことです。新聞社が、最も人件費を使っているのは取材・編集部門。ならば、最も高く売らねばならない「商品」はニュースであるはずです。それなのに、日本はニュースをYahooやGoogleなどのサイトに無料で提供するということを、最初にやってしまっています。だから、今もって市民は「ネットニュースはタダ」との意識が強いのではないかと思います。今から修正できようもないので、日本の課金サイトは、よほど特長があり付加価値がないと、ヨーロッパ並みにビジネスにするのは困難な気がします。

 もう1つは、新聞のデリバリーの相違です。日本は宅配制度が歴史的に完璧でした。販売店は、新聞印刷工場から届く新聞に、折込広告を入れて、その手数料が店の経営を支えてきました。しかし、訪問した新聞社の工場は、自分のところで印刷した日刊紙に、やはり自分のところで印刷した広告を発送過程で折りこみ、あとは届けるだけとなっていました。

 また、訪問した3国には広告業界を支配するガリバー代理店はなく、新聞社は街角のデジタルサイネージにもどんどん進出し、クライアントから広告料を得ていました。

日本の紙の新聞はどうなるのでしょう?。取材、編集という過程で得られる質の高いコンテンツを活かし、多角的に展開するところに活路を見出す道は、欧州とも変わらないと思います。ただ、「印刷文化」の再発見のために、私がもっと強調したいのは、脳生理学的なアプローチです。

 「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)で知られる生物学者の福岡伸一さんが書いていたコラムは示唆的です。

 <コンピューターやスマホの画面の文字は、止まっているようでいて実はたえず動いている。電気的な処理でピクセルを高速で明滅させているから、文字や画像はいつも細かく震えているのだ。このサブリミナルな刺激が、脳に不要な緊張を強いているのではないか。だから、落ち着いて読むことができない。私は紙に印刷された活字の方が安心して読めるし、よく頭に入ってくる>

 また、大手新聞社が複数の小売業者、マーケティング・コンサル会社と共同し、台所で使うフライパンの販売について行った「広告効果測定調査」で、最近、こんな結果が新聞に出ていました。

 <新聞折り込みチラシとインターネット広告を併用した小売店では売上が3倍以上になったが、ネット広告のみの店舗ではほとんど変化がなかった。チラシのみでも売上が2倍以上になっていた>

 福岡氏の指摘とこのフライパン調査の結果は、どこか関係しているのではないかと私は思います。

 私たちは、紙の印刷物を脳生理学的な視点で、もっともっとアピールしてもいいのではないかと感じています。

(元編集局次長、事業局長・氷置 恒夫)

 

尊敬する人とも会えました