閑・感・観~寄稿コーナー~
SALON

黒四発電所「黒部ルート」の見学会に参加(小野 喬啓)

2019.07.19

閑・感・観~寄稿コーナー~

 「黒部ルート」見学の公募は、関西電力㈱北陸支社内にある黒部ルート見学公募委員会事務局が行っており、毎年、5月23日頃から11月13日頃の間で38回の公募がある。この公募に昨年は6回応募するも選ばれず、今年は3回目の応募で、応募倍率の比較的低い黒部ダム駅→欅平駅コースの抽選で選ばれ、6月12日(水)見学会に参加した。

 なお、この「黒部ルート」は、新聞報道によると、富山県などの開放要請に応えて、関西電力は2024年以降に、県と提携する旅行会社が観光プランとして売り出すようだ。ただ、公募による見学は平日限定で無料だったが、今後は有料となって土曜・日曜も受け入れる。価格は未定。公募は2023年で終わる様だ。

詳しくは、インターネットで「黒部ルート見学の案内」で検索。

 黒部川第四発電所建設は、戦後の経済復興の深刻な電力不足を解消するために、過酷な自然環境の中で、1956年から7年の歳月を費やし、延べ一千万人の労力と多額の費用を投じて建設された。黒部川第四発電所建設にあたっては、当時、日本の土木工事の技術の粋を集めた工事と言われ、世紀最大の断崖の難工事であったようだ。その記録が小説「黒部の太陽」(木本正次著作)やそれを原作にした映画「黒部の太陽」(主演・三船敏郎、石原裕次郎)で描かれている。また、吉村昭の長編ノンフイックション小説「高熱隧道」などの小説でも描かれている。難工事を記録した「破砕帯」や「高熱墜道」の場所も見学したかったので、見学公募に熱をあげた理由でもあった。

 応募したルートは黒部ダム駅→欅平駅に下るルートで、6月12日で午前10時30分に黒部ダム駅の駅長室前付近に集合。そのため、信濃大町駅前発午前8時の扇沢行きのバスに乗り扇沢駅に8時40分に到着、駅のレストランで事前に予約していた弁当を受け取り、扇沢駅発午前9時の関電トンネルの電気バスに乗った。難工事だった破砕帯(岩盤が小石状の集まりで地下水が大量に湧き出た所)はトンネルの中央部にあり、今も絶え間なく多くの湧水が出ていた。電気バスは約16分で黒部ダム駅に到着。集合時間までに1時間余り余裕をもって到着したので、黒部ダムの展望台と堰堤に下りて、黒部ダムを見学した。観光放水は6月26日からとの事で観えなかったが、放水が止まっている巨大なダム堰堤の裏側を観ることが出来た。

 午前10時半、黒部ダム駅の駅長室付近に集合。今回の参加者は29名であった(募集人員は30名)。関西電力の案内係から見学コースの説明と、注意事項の説明を受ける。その後、金属探知機でボディーや手荷物の保安検査を受け、全員ヘルメットを着用して、黒部トンネル内専用のバスに乗る。約40分間、距離にして約10kmのトンネル内を降って行くと、インクラインと言う急勾配の場所にある輸送設備で、資材や人を運べる特殊な乗り物の上部駅に到着。インクラインはケーブルカーによく似た構造ですが、台座本体は水平に保たれ固定されており、その上に資材搬送専用台や人が乗れる車両を取り換える構造になっている。距離にして815m、時間で約20分降って、黒部川第四発電所に到着。

 発電所に到着後、会議室に案内されてプロジェクターの映像を使って黒部川第四発電所の説明を受ける。この発電所は後立山連峰の赤沢岳(標高2678m)の山腹の地下にあり、当時、我が国の地質・土木学会の英知が結集され、まさに関西電力の社運をかけた難工事であったと説明があった。発電所は国立公園内ということもあり、自然環境を大切にするため、すべて地下方式になっているとの説明であった。発電した電気を高圧電気に変換して送り出す変電設備を含めると、大きなビルに相当する地下構造物建物が作られているようだ。各階を結ぶエレベータもあり、発電機室は体育館のような広さであった。電気を超高圧電圧に変える変電室も発電室と同じぐらいの広さと聞いてまた驚いた。会議室で説明が終わると各自その場で昼食を摂り、その後、発電所内の各所を見学。先ずは発電室。発電機は4台ともフル稼働中で最大出力33万5千kwの電力を作っている。ダム式水力発電所の発電能力としては日本第4位で有効落差は545mだそうだ。発電室には発電機を回す水車の実物が展示されていた。ペルトン水車と言って、水の力を最大限に回転動力に変換する水車だそうだ。とても複雑な形状をしていた。その後、水車室に案内されると、水車が轟音を立てて回転していた。水車と発電機を結ぶ鉄の軸は直径が約80cmだと言う。これが一分間に60回転(60Hz)の速さで轟音を立てて回っていた。とても迫力があった。変電室は時間の関係で見学できなかったが、70分間の発電所の見学は貴重な経験となった。

 発電所の見学を終えて、欅平駅に向かうため、上部専用軌道(保守機材運搬用のトロッコ電車)に乗り、竪坑エレベータ(高低差200m)駅に向かう。発電所を出発して間もなく、2002年の第53回NHK紅白歌合戦において、この上部専用軌道のトンネル内で中島みゆきが歌った「地上の星」を生中継した場所を通過した。いったんトンネルを抜けると黒部川渓谷の鉄橋に出た。鉄道橋の上が仙人谷ダム駅で電車は停車。数分止まって景色を観る。上流側には黒部第3発電所に水を送る仙人谷ダムが見え、下流側は切り立った狭隘な峡谷が続く。仙人谷駅を出発すると再びトンネルに入る。入って直ぐ、高熱地帯に入り電車は減速してゆっくりと通過するが、硫黄臭が続く。この地帯は開発当時160℃を超すような高温だったようだようで、その難工事の様子は、吉村昭の長編ノンフィクション小説「高熱隧道」で描かれている。現在は上部専用軌道トンネルと並行して水路トンネルがあり冷却されているので、今はだいたい40℃に落ち着いているそうだ。この区間は腐食が激しいので、照明や電気の配線は出来ず、レールも2年に1回は交換されている。電車も腐食に強いステンレス製だそうだ。室内がかなり狭いトロッコ電車(上部専用軌道)で6.5km、時間にして32分下って竪坑エレベータ駅に到着。垂直距離で200mの竪坑エレベータは仙人谷ダム(黒部川第三発電所ダム)建設のために資材運搬用に作られ、そのためトロッコ電車一両分がすっぽりと入る大きさだった。竪坑エレベータ下部駅について、作業用のトロッコ電車で3分のところが終着の欅平駅。ここで関電の案内員とはお別れとなり解散となった。

 その後、めいめい駅内にある売店でお土産を購入したり、二階の食堂で食事をしたり、休憩を取ってから、黒部峡谷鉄道(通称トロッコ電車)で、新緑に染まった黒部渓谷を観賞しながら黒部川を下り宇奈月温泉経由で帰路に就いた。

 小説や映画で読んだり観たりした「黒部の太陽」は、当時強烈な印象を受けた記憶がある。今回、その工事に携わった先人達の巨大なプロジェクトの足跡を見学出来て、改めてその偉大さに感銘を受けた。

(元通信システム部 小野 喬啓)