2023.10.03
先輩後輩
■ヘイトクライムとは何か~連鎖する民族差別犯罪
(鵜塚健、後藤由耶)角川新書 2023年9月10日発行
2021年8月30日午後4時すぎ、京都府宇治市のウトロ地区の住宅など7軒が燃える火災が起きました。死者はなく、当初は事件性が低いとみられ、大きなニュースにはなりませんでした。ただ、ここは在日コリアンが多く住むことで知られる地区。何か変な予感がしました。
その予感は的中。在日コリアンへの差別意識を抱いた22歳の男が逮捕されました。その後、インターネット上には男の犯行を支持、賛美する声があふれました。
発生当時、私は大阪本社写真部長。京都の事件も裁判も直接の担当ではありませんが、どうしても指をくわえてはいられませんでした。同じ写真部の京都駐在・山崎一輝記者とも連携し、早起きして京都拘置所にいる起訴後の男に短時間の面会を重ねると、事件の真相が少しずつ見えてきました。
ウトロ事件の後、大阪府茨木市では在日コリアンや日本の子どもたちがコリア国際学園に火がつけられる事件が起きました。こちらも背景には、在日への偏見や憎悪が浮かび上がります。
特定の属性の人間に対する差別動機をもとにした犯罪をヘイトクライムと呼びます。朝鮮学校生徒への暴言、暴行などこれまでも差別は数多くありましたが、人の命を奪いかねない放火事件は深刻さの段階(フェイズ)が変わってきているのではないか。私はそう直感しました。
前述の京都駐在記者との下調べに加え、ヘイトスピーチやヘイトクライムに詳しい東京本社の写真映像報道センター・後藤由耶記者と連携し、当事者、関係者・識者への取材を進めました。
私も共著者の後藤記者も本来業務を抱え、全面的に取材に没入することはできませんでしたが、週末や空き時間を投入。コロナ禍で取材が難しい面もありましたが、差別や人権を学ぶ集会や勉強会の多くはオンライン参加が可能で、逆に便利な面もありました。細かい取材、データの収集を重ね、約1年がかりで出版に至りました。主に関西での動きは鵜塚が、関東での取材は後藤が担当しました。
当然ながら、意識したのは関東大震災100年です。後藤記者が朝鮮人虐殺、鵜塚が中国人虐殺について掘り起こし、100年前と今のつながりを描き出すことに努めました。当時、東京日日新聞がどう震災、虐殺を伝えたのか。メディア側の大きな過ちについて向き合うことにもなりました。
近年、特に安倍晋三政権以降、外国人差別を許し、排外主義を煽るような空気は残念ながら強まっています。危うい空気を感じ、考えていただくきっかけになれば幸いです。
◇鵜塚健(うづかけん)
1969年生まれ。1993年入社。大津、高知、阪神支局を経て大阪社会部へ。外信部、テヘラン支局長、大阪本社地方部副部長、大阪本社写真部長などを経て、2023年4月から、大阪本社編集制作センター編集部長(デジタル担当)。
◇後藤由耶(ごとうよしや)
1981年生まれ。2008年入社。大津支局、大阪本社写真部を経て、現在の東京本社写真映像報道センターへ。ヘイトスピーチ、ヘイトクライムを含め人権関連の取材に力を入れる。
(編集制作センター編集部長、鵜塚 健)
最近の投稿
2024.10.27
元外信部、経済部の嶌信彦さんが『私のジャーナリスト人生 記者60年、世界と日本の現場をえぐる』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.18
新刊紹介 71入社、元長野支局員で元村長・伊藤博文さんが『あの世適齢期』を刊行=東京毎友会のHPから
2024.09.09
新刊紹介 95歳、元気でコラム執筆の元エコノミスト編集長、碓井彊さんが「日本経済点描 続々編」刊行≒東京毎友会のHPから
2024.08.22
新刊紹介 『未来への遺言 いま戦争を語らなきゃいけない』を前田浩智主筆、砂間裕之取締役が共著で=「日本記者クラブ会報」マイBOOK、マイPR転載(東京毎友会のHPから)