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100回を迎えた高校ラグビー全国大会が27日開幕、朝日新聞に1面つぶして特集記事=東京毎友会のHPから

2020.12.10

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 朝日新聞が1面をつぶして第100回全国高校ラグビーの特集を組んだ。毎日新聞の主催行事なのにと、ちょっとびっくりした。

朝日新聞2020年12月5日付

 大会の始まりがキチンと書かれている。《元慶大主将で関西ラグビー協会初代会長の杉本貞一が、大阪毎日新聞社に「大会を開きたい」と相談をもちかけ、1928(大正7)年、サッカーとあわせて旧制中学の生徒らによる第1回大会が開催された》

 

読売新聞2020年12月6日付

 杉本は、ラグビーのルーツ校・慶應義塾蹴球部の1913(大正2)年度のキャプテン。ラグビーも底辺を広げるために中学校の全国大会を開けないか、大阪毎日新聞社(現毎日新聞)の運動課長・西尾守一に相談した。西尾は社内一の実力者・当時の社会部長奥村信太郎(慶應義塾卒、のち社長)に持ちあげた。スポーツ好きの奥村は大賛成で「カネのことなら心配するな」と答えた。

 杉本はこう書き残している。《だからラグビーは毎日(新聞)なんだよ》《もっとも当時ラグビーをやっている学校は少なかったので、サッカーと一緒にやったらどうかとなった》

 正月の国立競技場で決勝が行わる全国高校サッカー選手権大会のルーツは、1918年に始まったこの大会なのである。

 運動課長西尾は、飛田穂州が早稲田大学野球部のキャプテンだったときのマネジャー。1910(明治43)年、早大はシカゴ大学を招いて日米野球を行ったが、東京での日程終了後、大阪毎日新聞社が両チームを関西に招いて3試合を行った。香櫨園遊園地の広場を野球場に仕立て、関西初の野球試合と銘打った。

 早大は東京の3試合を合わせ6連敗と全敗。飛田キャプテンは責任をとって退部する。マネジャー西尾は翌年大毎に入社、スポーツ記者第1号となった。

 花園ラグビー場は、ラグビーの聖地・英国のトゥイッケナム・スタジアムを参考に1929(昭和4)年につくられた天然芝のグラウンド。この大会の会場になったのは1963(昭和38)年の第42回大会からだ。

 さて、節目の記念大会には例年より12校多い史上最多の63校が出場。8校(目黒学院・桐蔭学園・京都成章・東海大大阪仰星・大阪朝鮮・関西学院・御所実・東福岡)がシードされ、3回戦、ベスト8進出までの組み合わせ以下である。決勝は2021年1月9日だ。

(堤 哲)=東京毎友会のホームぺージから2020年12月6日

(東京毎友会→トピックス)

https://www.maiyukai.com/topics#20201206