委員会活動報告
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迫田・前会長の偲ぶ会に84人 賑やかに思い出を語る

2026.05.22

委員会活動報告

会場の迫田さんの写真とご遺族
黙祷
楠二郎さんによる献杯
渡会文化会長のあいさつ
スピーチ・宮本⼆美⽣さん

 元毎日新聞社副社長大阪本社代表の迫田太さんを偲ぶ会が2026年5月20日、毎日新聞大阪本社ビル地下のMホールで開かれました。迫田さんは前毎友会会長で、14年の長きにわたり会を率いたことから、偲ぶ会は毎友会が主催しました。

 迫田さんは2025年10月28日に亡くなりました。偲ぶ会の開催は少し遅くなりましたが、参加者は多く、84人を数えました。ご遺族からは裕子夫人ら3人が出席。毎友会会員のほか、東京本社、西部本社からの参加もありました。また、毎日新聞が創設した社交クラブ「清交社」のメンバーも姿を見せました。

 会は黙祷から始まりました。続いて主催者を代表して渡会文化会長

スピーチ・藤田修二さん
スピーチ・秋元延介さん

があいさつ。「迫田さんは社員分け隔てなく気を配り続けた人で、1、2年ごとに役職が上がっていきましたが、それも人徳のなせるわざでしょう」と述べ、開会の言葉としました。

 献杯の音頭は楠二郎さんでした。「弟のように可愛がっていただいた」と感謝の気持ちを伝え、会場に置かれた迫田さんの大きな写真にビールを向け、参加者全員も唱和しました。

 会は手作りの運営で、毎友会の運営委員が会場を設営し、立食用に食べ物と飲み物を用意して配膳しました。歓談の時間を活用して、迫田さんの歩みのスライドを上映しました。

スピーチ・河野俊史さん
スピーチ・⽯⽥美代⼦さん

 続いて思い出のスピーチに移りました。親交が深かった宮本⼆美⽣さんは「命令したり、押しつけたりすることののない人でした」と紹介し、「私とは正反対」と語り、会場から笑いが起きました。阪神支局長時代のことは、藤田修二さんが「声を荒げることはな

く、パワハラが当たり前のような時代と縦社会の新聞記者の現場では、例外のような人でした」と振り返りました。

 清交社の秋元延介常任理事は、迫田さんが清交社の理事長を5年間務めたことに触れ、一緒に吉野(奈良県)の花見やカラオケに行ったことを紹介。また「迫田さんが育てていた月下美人をいただいた」と、交流の深さを話しました。

スピーチ・藤田昭彦さん

 東京毎友会会⻑の河野俊史さん(元⼤阪代表)は1985年の出会いを語りました。日中高校生の交流事業で中国に取材に行き、日本側の団長が迫田さんだったそうです。「それ以来のお付き合いです。誕生日にはSNSでお祝いのメッセージをいただきましたが、1か月早く届いたことがありました。お礼を言うとともに、1カ月間違えていることを伝えると、『メモを直しておきます』と謝っていました」と、迫田さんらしいエピソードを披露しました。

 ⽯⽥美代⼦さん、藤田昭彦さんも登壇しました。大事に育てていたキーウィフルーツや趣味で始めた楽器「二胡」の話も出ましたが、口をそろえて語られたのは、穏やかな人となりのことでした。

 迫田さんが代表だった時に、本社の移転という毎日新聞の大きなできごとがあったので、ビデオ「サヨナラ堂島」の上映もありました。最後に迫田裕子さんが壇上に立し、「月下美人は50~60年育て、90人ほどにお分けしていました」と明かしました。迫田さんのネットワークの広がりを示すものでした。会の最後に、全員で記念撮影をしました。

歓談
迫田裕子さんのあいさつ
記念撮影