2026.08.30
閑・感・観~寄稿コーナー~
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現在、大阪中之島美術館で開催中の「フェルメール《真珠の耳飾りの女》展」にあわせて、26年前、毎日新聞社が主催した「フェルメールとその時代展」を企画・推進した高市純行さん(元事業本部)が当時の思い出をつづってくれた。現在、静岡市美術館館長をしている高市さんに、東京毎友会ホームページが依頼したものだが、大阪のホームページにも寄せてもらった。
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1998年秋、東京本社から大阪本社へ異動した。2000年春に開催予定の「フェルメールとその時代展」を準備するためだった。開催の1年ほど前に、美術館で愛好家を対象にアンケートを取ったが、フェルメールの知名度は1割ほどしかなかった。今では信じられないが、一般の人に至っては、ほぼゼロに近い数字だったのではないかと思う。
「真珠の耳飾りの少女」の絵を見て、真っ先に目が行くのは、真珠ではなく頭に巻いた青いターバンだろう。この青色の絵の具は、ラピスラズリという貴石を砕いて粉末にしたものだ。アフガニスタン原産のラピスラズリは、東インド会社によって、遠くアフリカの喜望峰を回ってオランダに運ばれた。海を越えてもたらされたの

で、ウルトラマリンブルーと呼ばれる。
この象徴的なブルーを展覧会のキーワードにしようと、毎日新聞社では作品の正式名称の「真珠の耳飾りの少女」ではなく、「青いターバンの少女」と呼んで大々的に宣伝した。
展覧会は大ヒットし、78日間の会期中に59万人を超える来場者があった。会場となった大阪市立美術館は、今年開館90周年を迎えたが、今もこの記録は破られていない。
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会期中は毎日、会社ではなく美術館に通った。1万人近く来る来場者の整理、ショップの管理・運営、入場料等の売り上げの入金、館内のトラブル処理、取材陣や著名人の来館対応など、てんてこ舞いの忙しさだったが、役得もあった。朝夕の開館前と閉館後の館内点検に学芸員と一緒に展示室を回る。誰もいない部屋で「青いターバンの少女」とほんの数分の密会が出来た。あの少女の瞳を一番長く見つめたのは、ひょっとしたら自分ではないかと思う。
「青いターバンの少女」は1665年頃に描かれた。フェルメールが33~34歳頃のことだ。個人的なことだが、フェルメール展の準備をしていた頃の私も33~34歳。不思議な縁を感じた。展覧会開幕の直前に初めての子どもが生まれた。生後2カ月の息子を連れて、フェルメール展を見に行った。26歳の彼に「青いターバンの少女、見たの、覚えてる?」と聞いたら、「覚えてない」と返ってきた。妻からは「当たり前でしょ。赤ちゃんは目が見えるまでに1年位かかるんだから」と言われた。
今年、26年振りに大阪に「青いターバンの少女」が帰ってきた。少女と再会するために大阪中之島美術館へ出かけた。会場は大勢のお客さんで立錐の余地もなかった。アイドル歌手のコンサート会場のようで、遠くから見えているのだが、なかなか近づけない。絵の前に立てたのはほんの一瞬だけ。わずか、数秒見つめただけで人波に流された。少女は雲の上の存在になってしまった。
(静岡市美術館館長 高市 純行 =元事業本部)
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大阪中之島美術館のフェルメール展は、2026年9月27日(日)まで開催。
静岡市美術館は、田中豊稲さんから高市さんへと、2代続けて毎日新聞社OBが館長を務めている。
静岡市美術館では来年2027年1月23日から3月28日に毎日新聞社が主催する全国巡回展「竹久夢二 時代を創る表現者」を開催予定で、高市さんは「古巣の仲間と一緒に仕事をしている」という。