閑・感・観~寄稿コーナー~
SALON

中尾町子さんの講演「ムッちゃんの防空壕での体験」を聴講(梶川 伸)

2026.08.24

閑・感・観~寄稿コーナー~

 「ムッちゃんの防空壕での体験」と題した中尾町子さんの講演が2026年8月23日、京都府木津川市の市立中央公民館であり、聴講しました。

 1977年に毎日新聞社の社会面で、福井逸治さん(社会部、2018年に死去)が「33回忌の夏」を連載しました。その際、読者に投稿を呼びかけ、大分市の防空壕で出会った少女ムッちゃんの話を中尾さんが寄せました。大きな反響を呼び、教科書にも載りました。

 講演は「ピースフェスタ2026 木津川市の戦争展」でありました。中尾さんは現在、木津川市の団地に住んでいます。同じ棟の同じ階段に私が住んでいて、講演会の案内をもらいました。

 1945年に中尾さん家族は空襲を逃れるため、京都市から母の実家のある大分市に転居しました。ところが、大分市でも空襲があり、防空壕でムッちゃんと出会います。中尾さんは国民学校の1年生、ムッちゃんは6年生。

 「壕の奥で、土の上にむしろと薄い布団を敷き、寝ていました。肺病(結核)といううわさで、家に入れてもらえなかったようです。私はのどが乾いて親に水がほしいと訴えましたが、我慢をしいられました。その時、ムッちゃんが竹筒の水を差し出しました。みんなは感染するからと言って止めましたが、目を盗んで飲ましてもらうと、かび臭いものでした。随分古いものだったのでしょう。ムッちゃんは普段は1人で、空襲警報でみんなが来るのを喜んでいるようでした」

 中尾さんは振り返ります。「うわさだけで、みんなはかかわろうとしなかったのです。冷たい人たちではないのです。自分たちがお腹をすかしているのに、その子のために何かしてあげる気持ちにはならなかったのです」

 戦後間もなく、ムッちゃんが亡くなったと聞いたそうです。「私の話は、戦争体験のごく一部です。それぞれの人に戦争体験はあるのです」と続けました。そして、現在に引き寄せます。「ウクライナやガザで戦争が続いていても、テレビから目を離せば普通の生活があります。しかし、今は不安があります。知らないうちに戦争が近づいて来ないよう、目と耳を正しい方に向けなければいけません」と締めくくりました。

                    (元地方部、梶川 伸) 

 ムッちゃんと福井逸治さんについては、堤哲さんが東京毎友会のホームページに投稿したものを、大阪毎友会のホームページに転載しています。「先輩後輩」2025年8月7日「ムッちゃんといえば、元大阪社会部・福井逸治だ」

http://maiyukai.o.oo7.jp/salon/seniors-and-juniors/5138/